フラットベリー・ワークス 3



「コーヒーの淹れ方、上手くなったよね」


 両手でカップを持ちながら嬉しそうに笑うヒロに誉められて、和臣は満更でもない気持ちになった。
 コーヒーの美味しさは80%が豆の品質にあり、残りの20%が淹れ方にあるという。
 だから本当はヒロの扱う豆の品質が間違いのないもので、和臣はただ教えられたままに淹れただけなのだが。


「あ、そうだ。和臣に渡すものがあったんだよ」
「何?」
「さっき店で言ったでしょ。イイコにしてたご褒美」


 ヒロは軽くウインクしてみせると、ソファの横に置いてあった大きな紙袋を和臣の目の前に差し出した。
 一体何だろうと和臣が紙袋の中を覗き込むと、緑色の葉に赤い実を付けた鉢植えが入っているのがわかった。


「え、もしかしてこれって…」
「わかった? 前にさ、見てみたいって言ってたでしょ」
「うん、良く覚えてたなぁ」


 和臣はその鉢植えに目を輝かせると、両手でそっと紙袋から取りだしテーブルの上に置いた。
 それは背丈50センチほどのコーヒーの木だった。
 まだまだ成長途中にある若木だが、葉や枝の間から真っ赤に色づいたコーヒーの実が幾つか成っているのが見てとれた。


「へえ、こんなふうに成ってるんだ。コーヒーチェリーって言うだけあってほんとに真っ赤なんだな」


 和臣は心底感心したかのように呟くと、真っ赤に実っている1センチほどの実を指先で確かめていた。


「中、見てみる?」


 ヒロはそのうちのひと粒を摘み取ると、真ん中から爪で割り開いて見せた。
 中には緑色をしたコーヒー豆が二つ向かい合うように並んでいる。


「こうやって二つ入っているのがフラットベリーって呼ばれるものでね、まあ一般的な豆なんだけど、中にはひと粒しかないのもあってね、それはピーベリーって言うんだ」
「何か違いがあんのか?」
「別に味に違いはないよ。ただ珍しいってだけ。世の中にはそういう珍しいものが好きな人がいるから希少価値があるだけでね、味は同じなのにピーベリーは値段が高いんだ。変だよね」


 ヒロは肩をすくめてみせた。
 物の価値観は国それぞれ、人それぞれ違うもので、一概に否定するものではないと思っている和臣だが、ヒロが何を言いたいのかわかるだけに余計なことは言えなかった。
 彼はコーヒーが適正に、広く公平に、たくさんの人々に愛されて欲しいと願っているだけなのだ。
 コーヒー豆の取引や流通や、その他細かいことに関して何ひとつ知らない自分がヒロの純粋な願いに水を挿すようなことは出来ない。和臣はヒロの言葉を笑って受け流した。


「…フラットベリーか、面白いネーミングだな」
「そう?」
「直訳すると、平らとか、公平なって意味になるけどさ、多分、これってひとつの場所で向かい合ってる状態のことを言ってるんだろうな」
「ああ、そうか。そう言われるとそうだよね」
「なんかさ、上手く言えないけど、俺はさ、この豆みたくフラットな状態ってのがいいなと思うよ」
「…うん、そうだね」


 ヒロはコーヒーチェリーから取り出した二つの豆を手のひらで転がしながら、和臣の言葉に素直に頷いていた。



 フラットであること。
 …全てにおいて。


 誰がフラットベリーと名付けたのかは知らないけれど、コーヒーチェリーを見るたびにきっと思い出す言葉になるだろう。


 公平に、起伏なく、平らに、向かい合う。


 真っ赤な実が教えてくれること。
 それは豊かな薫りや美味しさだけではないのだ。



【fin】


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