フラットベリー・ワークス 2


 テーブルに残されたグラスやカップ、お皿を器用にトレンチに乗せると、ヒロは見掛けとは違う力強さで軽々とキッチンへ運んでいく。
 重ねたお皿やカップが見た目よりも重いなんてことは、実際に持ってみないと実感できないし、無論お客様にはわからないことだ。 そんなことも感じさせないくらい軽々と運んでいくヒロの姿に頼もしさを感じながら、手出しできない自分に和臣は居心地の悪さを感じていた。
 手伝うよと申し出ても、ヒロのプロ意識がそれを許してはくれないのだ。


 カウンターの隅からドアの向こうに消えていくお客様を何人も見送って、最後のひとりが席を後にした時、和臣もゆっくりと席から立ち上がった。


「疲れちゃったでしょ」


 お皿についた洗剤の泡を丁寧に水で洗い流しながら、水切りカゴにきちんと立て掛けていくヒロの手の動きに一瞬目を奪われたが、それは俺のセリフだろうがと和臣はその場でため息をついてみせた。


「俺だって洗い物くらいできるのに」
「わかってるよ。でもこれはね、自分の心の問題だからさ。それにもう少しで終わるから先に部屋に行ってていいよ」


 今にもお手伝いを始めそうな和臣を遮るように、ヒロは二階に通じている内階段を指差した。
 和臣は素直に引き下がると、お風呂の用意は俺にさせてよねと声を掛けながら階段をあがっていった。


 キッチンでヤカンに水を入れて火にかけると同時に、風呂場へ行き温度と湯量を設定してから蛇口をひねる。ヒロが二階にあがってくる頃には丁度いいタイミングでお湯が溜まるだろう。
 和臣はひとり頷くと、部屋のソファにどっかりと腰を下ろし、テレビのリモコンを無造作に弄りながら切り替わっていくテレビ画面を眺めていた。


 特に見たいものがあるわけでなく、仕方なしにニュース番組にチャンネルを合わせてみた。
 今日は都内でこんなイベントがあったとか、新しく販売されたお菓子がヒットしているとか、経済の停滞を打破するにはと政治家が難しい顔をしていたと思ったら、野球やサッカーの試合結果に切り替わり、さらに芸能人がくっついたとか別れたとか騒ぎながら、目まぐるしく変わっていく画面と流れていく文字と言葉。
 自分と同じく過ごした1日だというのに、テレビの向こう側は何やらとても忙しそうで、見ているだけで目が回りそうだ。


 気持ちと一緒にぐったりとソファに沈みぼんやりとしていると、階段を上がってくるヒロの足音に気づいた。
 ヒロが来るとわかっているのに、静かにジッと身を潜めて待ち構えてしまうのは何故だろう。ドアから顔が見えたら、今、気づいたんだとばかりに驚いてみせるのは何故だろう。
 本当はずっと来るのを待っていたくせに、意外に早く終わったんだねなんて思ってもいないことを口にするのは何故だろう。


 待たせちゃったね、ごめんねと笑ってみせるヒロの少し困ったような顔を見ていると、何年も付き合っているというのに未だに照れ臭くなってしまう。


「お疲れさん」


 和臣は自分の行動に呆れながら、今日1日頑張っていたヒロの為に一杯のコーヒーを淹れた。
 着替えを済ませたヒロが嬉しそうに両手でカップを受け取る姿を見て、和臣はやっとヒロの元へ来たんだと実感できた。


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