フラットベリー・ワークス 1


 台風が行き過ぎる季節になると、あの暑かった日々が嘘のように温かいものが恋しくなってくる。
 ヒロのお店も冷たい飲み物から次第に温かな飲み物のオーダーが増えてきていた。


「手間は同じだからね」


 やることがたくさんあるから大変だなと声を掛けると、ヒロはそう答えて笑顔を見せた。
 ヒロにしてみれば、常日頃から季節など関係なくお客様に美味しいコーヒーを提供したいと思っているだけだから、和臣の言葉などあまり意に返さないのだろう。


 カフェエプロンを颯爽と捌きながら店内に穏やかな笑顔を振りまくヒロに、若干の嫉妬心を煽られ和臣は目の前のカップを覗き込んだ。
 もう夏とは言えない爽やかに晴れ上がった青空に、心地よい風が吹き抜ける午後。街を歩く人々のファッションも薄手のものから、スエードや革を使ったカッチリした印象の服やフワフワと手触りの柔かそうな素材のもの、色も暖かなものに変化しているのが男の目にもわかるくらいだ。
 そんな久々の休日に、こうやって恋人の経営するお店に居られることはラッキーで幸せなことだと思っている。
 お店も繁盛していることも喜ばしい限り。


 けれど…と、和臣は忙しそうに立ち振る舞う恋人の姿を目の端で追いかける。
 すらりとした体形に黒いスラックスとカフェエプロンが似合っている。
 振りまく笑顔も営業用というよりも素に近い。穏やかで優しい口調に、丁寧な接客。
 凄いだろ、俺の相棒は…と高らかに宣言したくなるところをグッと抑えて、和臣はお店の特等席とも言えるカウンターの隅にちんまりと座っている。
 せめて他のお客様の邪魔にならないようにとの配慮からだ。


「折角、来てくれたのにあんまり相手できなくてごめんね。もう少ししたら落ち着くからね」


 カウンター内に戻ってきたヒロにそう声を掛けられて、和臣の気持ちは若干持ち上がる。
 結局のところ自分の気分など、ヒロの言葉ひとつ、行動ひとつで簡単に変わってしまうのだと痛感する瞬間だ。


「大丈夫だから」


 …なんて強がりを返した途端、一瞬ヒロは目を大きく見開いた後、クククッと笑いを噛み殺しながら「イイコだね」と周りには聞こえない位小さな声で呟いた。


「おう、イイコにしてるから後でご褒美くれよな」
「いいよ」
「……え、ちょっと」


 冗談で溢した言葉にヒロがウインクしながらOKを出したことに和臣の方が戸惑ってしまっていた。
 ヒロはヒラヒラと手を振りながら、お会計を待っているお客様の元へ。
 残された和臣は人知れず顔が熱くなるのを感じていた。


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