シェードツリー・ライフ 3


 壊れ物でも扱うかのような優しさで動く指先に気づいて、和臣はゆっくりと目を開けた。
 すぐ近くにヒロの息づかいを感じて手を伸ばした。


「ヒロ、おかえり。ふあ〜、すっかり寝ちゃってたよ」


 眠たげに黒目がちの瞳を開きながら和臣もヒロの頬を両手で包みこんだ。


「楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。…ねぇ和臣、ご飯食べたの? お菓子たくさん貰ったから食べる?」


 大きくアクビをしている和臣を支え起こすとヒロは鞄から色とりどりの箱を取り出してテーブルに並べた。そしてヤカンにたっぷりの水を注ぎコンロにかけると、どんな方法をとったのか意外なほど綺麗な茶色に焙煎されているコーヒー豆をミルに入れて挽き始めた。


「これ、どうやって焙煎したの?」


 ゆっくりとミルを手回ししながらヒロは嬉しそうに和臣に訊ねた。お店の焙煎機は使えないはずだから、自分なりに考えて焙煎したはずだ。
 一番簡単なやり方は麺を湯切りする網に豆を入れて直火で煎る方法だ。豆に色がつくまで振り続け芳ばしい香りがしてきたら出来上がりだ。腕は多少疲れるがご家庭で簡単に出来るし、煎りたて、挽きたてはやはり美味しいものだ。


「パソコンで調べれば簡単なんだろうけどさ、自分なりにアイデア出してやってみたんだ。始めはフライパンは煎ったんだけどなかなか色がつかなくて。次に網でやってみたら焦げちゃってさぁ。そこにあるのは生き残りだから。火加減が難しかったよ」


 和臣がキッチンで網を片手に独り奮闘する姿を想像したら何だかとても可愛らしく思えて、ヒロは笑いをこらえながら頷いていた。
 きっと和臣は自分のために豆を焙煎してくれたのだ。普段一緒に過ごすことが当たり前になっていてお互いに感謝する言葉を言わなくてもいいだろうと思いがちだけれど、こんな風に小さな愛情を示されると胸の奥がキュッと痛くなる。
 言葉にしないありがとうが聞こえてくるような気さえする。


「和臣、僕は愛されてるねえ」
「…お、おう。…そう、思ってくれて構わない…よ」


 照れくさそうに和臣は言葉を返した。尻窄みに小さくなる声。チラリとソファーに座る和臣を見ると、恥ずかしいのかそっぽを向いている。そんなところが堪らなく好きだとヒロは思った。
 夕焼け色の空がすっかり色をなくして闇に包まれる頃、芳ばしいコーヒーの香りと、今日1日の成果を報告し合うふたりの姿が暖かなリビングにあった。


 コーヒーの樹のそばには必ず背の高い樹が寄り添うように植えられている。
 強い日射しにコーヒーの実が焼けてひび割れてしまわないように日除けの役目をしているのだ。
 雨の日は雨避けになり、風の日は風から守り、コーヒーの実が大きく赤く色づくまで当たり前のようにそばにいる。


 そんな毎日を送れたらいい。


【fin】


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