シェードツリー・ライフ 2


 西の空が思っていたよりも早く陰っていくことに焦りながら、ヒロは会社帰りのサラリーマンで混み合う駅の改札を足早に走り抜けた。


 半年に一度のペースで開かれるカフェ業界の親睦会に呼ばれるようになったのは、ヒロがバリスタとして駆け出しの10年ほど前に遡る。
 高校卒業後、すぐにアメリカの有名チェーン店でコーヒーの基本的な知識を学び、その後はコーヒーが美味しいと評判の店を見つけてはそこで働きながら実践的な接客や営業を学んでいった。
 日本に戻ってきた時も同じように有名チェーン店で働くことを第一とし、毎日評判の店を探すことに明け暮れていた頃、優秀なバリスタを決める日本大会へ出てみないかと誘いを受けたのだ。
 バリスタの資格を得てから三年目の出来事だった。


 大会実行委員から是非にと言われて出場したものの、残念ながら入賞は叶わなかったのだが、将来有望とのことで特別に新人賞を頂く運びになった。
 その時知り合った実行委員会の皆さんと出場メンバーとの付き合いが今も変わらず続いていることに、ヒロは大きな感謝と喜びを感じている。
 日本各地から集まってくる親睦会のメンバーは、皆、相も変わらず頑張っているようだった。あの時優勝した人は現在某有名ホテルにスカウトされ、世界中の客人を相手に腕を奮う毎日を送っていることを知った。
 近況報告やたくさんの情報を交換して、気づけば数時間などあっという間に過ぎていて、二次会へ行こうという有難い誘いを振り切って会場を後にした。
 背中にかけられた「恋人によろしくな」の声には辟易してしまったが。


 会場を後にする時、和臣に帰るメールを入れたのだが返事がなかった。
 寝ているのか、気づいていないのか、そういえば食事はどうしただろうとか、今更ながら和臣の数時間の過ごし方が気になって、その気持ちが更にヒロの足を慌てさせていた。
 タイミングよく降りてきたエレベーターに乗り込み部屋へと急いだ。抱えた鞄の中でたくさんのお土産の箱がカタカタと乾いた音を立てた。
 折角の休みを和臣独りで過ごさせてしまったのだ。せめて楽しいお土産話を美味しいコーヒーと頂いたお菓子で味わおうと思った。

 ドアを開けて、真っ先に感じたのは芳ばしいコーヒーの香りだった。
 物音はせず、靴を脱いで部屋に入っていくと、ダイニングテーブルの上に焙煎されたコーヒー豆がバッドに広げて置いてあった。


「…和臣、ただいま」


 声をかけながらソファーに近づくと、クッションを枕代わりに和臣が気持ち良さそうに眠っていた。
 そのあどけない寝顔にヒロは心がフッと緩むのを感じた。


「和臣、そんなとこで寝てると風邪引くよ」


 ヒロは静かに鞄を下ろしながら和臣の頬を優しく撫でた。


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