シェードツリー・ライフ 1


 今日はヒロの店は休業日。

 和臣の休みも重なったので、久々にふたりでゆっくりと過ごせると思いヒロの部屋まで来たのに、午後からカフェ業界の親睦会があるから部屋でゆっくりしててね…とヒロはすまなそうに出掛けていった。
 業界の色々なんて会社勤めの和臣にはよくわからないけれど、若くして一国一城の主になったヒロにとって業界の諸先輩方や同年代の仲間がいることは、心強くもあり助け合える意味でも重要な集まりなのだということは理解していた。


 けれども、やはりひとりはつまらない。
 和臣は動物園の檻の中で意味もなく動き回る虎の如くひと頻り部屋の中をウロウロしながら、夕方には戻ってくるであろうヒロの為に何か出来ることはないかと冷蔵庫を覗いてみたり、引き出しを開けてみたり。すると、キッチンの戸棚に焙煎前のコーヒー豆を発見した。
 コーヒー豆は焙煎した後、すぐに使いきってしまわないと油浮きして劣化してしまう為、生豆で瓶に保存しておくのだ。
 コーヒーを飲みたくなったらその都度、必要な分だけ焙煎するという面倒臭くも贅沢な楽しみ方をヒロは和臣に教えてくれていた。
 ならば、ヒロが戻ってくるまでに豆を焙煎して、帰ってきたところで挽いて、一番美味しいコーヒーを味わって貰うというのはどうだろう。
 普段、料理や家の中のことはヒロに任せっぱなしなところがあるから、今日くらいはお礼も兼ねて美味しいコーヒーでもてなしてやろう。


 和臣は急激に盛り上がる気持ちを抑えながら瓶の蓋を開けて、はたと気がついた。
 部屋に焙煎機はないのだ。
 当たり前の話だが、業務用の焙煎機など部屋に置いてあるはずがない。
 勝手に店の機械を使うわけにもいかず(無論、使いこなすことなど出来るわけもなく)、はて、どうしたものかと瓶を抱えて思案していると、テーブルの上にあるパソコンが目に入った。


 元来、和臣は人のものを勝手に触ることが嫌いだ。それが勝手知ったる恋人のものだったとしてもお互いにプライベートがあると思っているからだ。
 多分、このパソコンには売上だけではなく、業者の連絡先や顧客に関すること、業界の動向やその他諸々のデータが詰まっていることだろう。
 ちょっと触ったくらいでデータが飛んだり、パソコンがおかしくなったりしないことはわかっていたが、やはり勝手に触ることは憚られる。
 何でもパソコンで調べられる時代だが…。和臣はあえてパソコンは使わず自らのアイディアでコーヒー豆を焙煎することに決めた。


 それならば、まずは…とメモ帳を取り出し、家庭で出来る焙煎のアイディアを自分なりに書き出していった。



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