コーヒーと恋とカフェインと 2


「おはようございます。鴨井先生」


 いつもと変わらぬ涼やかな微笑みを浮かべて、マスターが注文をとりにくる。


「おはよう、マスター。あのさ、先生ってのはやめてよ。いつも言ってるでしょうが。先生って呼ばれる奴にはろくなのがいないんだからさ」
「それはそれは失礼いたしました、鴨井先生。ご注文をどうぞ」


 悪びれもせずに軽い口調で返してくるマスターにため息をつきながら、鴨井は日替りの「本日のコーヒー」を注文した。
 毎日、マスターの気分と仕入れ状況で供されるコーヒーは、手頃な価格ながら間違いのない味と香りのするものばかりで、ハウスブレンドと並んで人気のメニューだ。
 普段は決して頼まないであろう種類の豆もあって、コーヒー好きにはなかなか面白いラインナップにもなっている。


 鴨井はカウンターに戻ったマスターの流れるような作業をじっと見つめていた。
 焙煎された豆を計り、ミルで丁寧に挽く指先。真っ白な肌をしているが決してひ弱なそれでなく、骨格の際立った力強く働く男性の手をしている。
 片時も豆から目を離さず、それでいて店全体のお客の流れを肌と体の感覚で把握している。無駄のない動き。さらりと流した前髪の軽やかさ。白いシャツに黒いスラックス。シンプルな黒いエプロンに無駄のない体のライン。
 相手が自分と同じ男性という生き物であることが不思議でならなかった。ボサボサの頭など構わず、無精髭も伸び放題。外へ出る仕事ではないにしろ、あまりにもだらしない自分の姿と比べて愕然とすることもあった。
 それほどにマスターの佇まいは柔和で繊細でありながら、芯のしっかりした強さを持っていた。


 人間の美しさに性差などないのだと、マスターに会う度に思う。
 女性の持つ柔らかさとは違う。例えるならば柳の木のようなしなやかさだ。強い風にも折れぬ柔軟さ。共すればこちらが負けてしまうほどの強靭さだ。
 鴨井は突然堪らない気持ちになって、胸ポケットのタバコを探った。何かしていなければ、変なことを口にしそうだった。


「失礼致します。ご注文の本日のコーヒーでございます」
「ああ、ありがとう」


 鴨井はコーヒーを運んできたマスターを見上げながら、わざと素っ気ない風を装ってタバコを灰皿に押し付けた。


「いい香りだな」
「はい。本日の豆は100%完熟ティアラに致しました」
「完熟ティアラ? 初めて聞く名前だな」
「はい。ペルーの高地で限定生産されている豆なんですよ」
「へえ、ペルーか。随分、遠くから来てるんだな。現地に行くだけでも何十時間もかかるような国だよな」

 鴨井はカップを鼻近くまで持ち上げ、立ち上がるアロマを堪能した。
 甘い香りだ。ひと口、ゆっくりと口に含む。忽ち口いっぱいに広がる香ばしさと深いコクがあった。それでいてしつこく口に残ることはなかった。


「旨いな、この豆」
「ありがとうございます。この豆は80歳を過ぎた女性が切り盛りしている農園で生産されたものなんですよ。全て手作業で、豆も天日干しにこだわった逸品なんです」


 興奮気味に顔を赤らめたマスターは、まるで自分の親戚か何かのようにその女性の素晴らしさを話し続けた。
 そして、諸外国におけるコーヒー農園の苦しい実情についても言葉を続けた。


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