おいしい関係 2


「熱いから気をつけてね」
「うん」

 和臣は小さく笑うと手にしたスプーンでそっとスープを口に運んだ。
 野菜の甘味と肉から滲み出た旨味が、舌の上を転がり喉を潤し、胃に収まっていく。ホッとため息の出る美味しさだ。
 嬉しくて顔をあげると、同じく嬉しそうに自分を見つめるヒロの視線にぶつかった。

「凄く美味しい」
「それは良かった。たくさんあるから慌てないでゆっくり食べなよ」
「うん」
「…それからさ、」

 ヒロは何となく言いにくそうにしてから、意を決したように言葉を続けた。

「あのね、仕事のことは良くわからないけど、関係ない…なんて言わないで。何だか悲しくなるから」

 俯いて、手元のナプキンを指先で弄りながらヒロは呟いた。

「仕事を手伝うことは出来ないけど、他のことでフォロー出来ると思ってるから」
「うん、そうだな。関係ない…なんてことはないよなぁ。いつでもヒロがいてくれるから、オレ、甘えちゃってるな」

 目の前にある料理に目を向ければ、それがとても丁寧に仕込まれて時間をかけて煮込んだことがわかる。
 濁りのない透き通ったスープに、形良く切られた色鮮やかな野菜。
 温められたパンの仄かな香ばしさ。辺りに漂うコーヒーの香り。
 全てはヒロの思いやりに他ならないものだ。

「ホント、オレって余裕ないな。新商品の開発ってさ、他メーカーよりも早く、より良い商品を…てやってるから、たまにペースがわからなくなるし、今回みたいなことだって全くゼロってことはないんだよ。似たような商品を扱っていればバッティングすることだってあるんだ」
「…だから、より早くってことになるんでしょ?」
「そうだよ。でもさ…」

 和臣は、ふぅ〜とため息をつくと、カゴに盛られたロールパンに手を伸ばした。
 指先でちぎり、スープに浸すと、大口を開けてパクりと食いついた。

「…早く出来上がったからといって、良い商品とは限らないし」
「かと言って、開発が遅れても困るし、改良するなら早い方が良いって?」
「そうそう」
「開発って大変だね」

 ヒロは頬づえをつき、目の前で皿の中身を綺麗に片付けていく和臣を穏やかに見つめていた。
 しっかり食べている姿を確認して、これならもう大丈夫だろうと思った。

「ああ〜、食べたぁ〜。美味しかったあ」

 和臣は満足したように身体を伸ばしたかと思うと、今度はアクビをし始めた。

「少し寝たら?」
「あ〜何だよ、オレ。腹一杯になったら眠いなんてお子様だよな〜」
「疲れてるんだよ。少し横になれば? 1時間くらいしたら起こしてあげるから」
「マジで? んじゃ、ちょっとだけ寝る。ヒロ、こっち来いよ」

 リビングのソファーに座った和臣が呼びつけるので、洗い物も早々に近づくと腕をとられて横に座れと強要された。

「動くなよ。オレが起きるまでここにいろよ」

 和臣はソファーに置いてある小さめのブランケットを被ると、座っているヒロの膝に頭を乗せて眠り始めた。

「ホントに甘ったれだね」
「いいだろ。ヒロ限定だからさ」

 ニヤニヤとしながら呟くと、和臣はそのまま吸い込まれるように眠りに落ちていった。
 膝に預けられた頭の重みと温もりを感じて、ヒロは乱れた黒髪をそっと手のひらで撫で付けた。
 無理をしないで欲しいと思っても、それこそが無理な話だとわかっているから敢えて口にはしない。

 無防備に擦り寄る身体を優しく宥めながら、ヒロは壁に掛かった時計を見上げた。
 正確に時を刻む時計の針を、嫌というほど戻してしまいたいと思った。

 キッチンの蛇口から水の滴る音が聞こえる。

 あと1時間か。
 短いな。


【fin】


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