しょうがねえな、触ってもいいぜ


 広々としたベッドに手足を伸ばしてサラサラしたシーツの感触を楽しんでいると、ヒョイと体を持ち上げられて、固いけれど暖かい胸元に抱き込まれる。
 この匂いはカオル。
 ちょっと甘くて柔らかい匂い。シーツ洗うからごめんねと、額から頭の方へ優しく撫でられて尻尾が勝手にパタリパタリと動いてしまう。
 優しい人間の指先。
 母猫に置き去りにされて動けなくなっていた小さな俺を見つけたのはヨシアキで、そっと抱き上げたのはカオルだった。


 あの日は朝から母猫が忙しなかったことを覚えている。
 何匹いたのかもうわからないけれど、母猫は俺たち子供を一匹ずつ口にくわえると、狭くて暗い軒下からどこかへ移動していった。
 大きくなり始めた俺たちのためにもう少し広い場所を寝床にする予定だったらしく、途中、猫しか通れないくらい狭い路地に俺たちを集め、改めて別の場所へ運んでいく作業を繰り返していた。
 母猫がどんどん兄弟を運んでいく中、おとなしく自分の番を待っていたのだが、何故かその日、母猫は自分を迎えにこなかった。
 きっと夜が明けたら迎えにくると思っていたのに次の日もこず、俺は寂しいのと寒いのと腹が減ったのとで堪らず鳴き声をあげていた。
 鳴いたらだめだよ。怖い人間だっているんだからと言われていたけれど、鳴けば母猫が迎えに来てくれると思って鳴き続けていた。
 すると路地のずっと向こうに見える大きな道路から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。


「動けなくなってるみたいなんだよ。でも狭くて入れないし手が届かないし、どうしよう」
「エサで釣る? あ〜でも動けないなら無理かぁ」
「何か、こう、引っ張りだせるモノないかな」
「棒とか? あっ、あれは、あれ。虫捕まえるやつ」
「ああ、虫取アミ。あそこまで届くかな」


 狭い路地の中を数人の人間が腰を低くしながら覗き込んでいるのが見えた。
 たくさんの目玉がこちらをじろじろと見ていて怖かった。


「昨日から近くで鳴き声がしてて気になってたのよ。こんなところにいたのね」
「あの、お子さんが使っている虫取アミがあれば貸していただきたいんですが」
「ああ、アミね。あるかしら? ちょっと待っててね」


 そうして、ご近所中を巻き込んで俺の救出劇が展開し、持ち手を長くした虫取アミで俺は無事に捕獲されそのまま病院ってとこに連れていかれたのだ。
 変な匂いのするところで無理やり口を開けさせられたり、目にピカピカするものを当てられたりして、怖くてしかたなかったけれど暴れる気力もなくされるがままだったのを覚えている。


「…で、どうするの?」
「何が」
「お前が見つけたんだから、お前が飼うんだろ?」
「あ、…え、う〜ん、どうしよう。…実はさ、うちのアパート、ペット禁止なんだよ…ね」
「じゃあ、里親探すのか?」
「あのさぁ、お前んとこ、ペットOKだったよなぁ」
「おい、待てって。俺ひとりで子猫の面倒なんてみれないって。昼間、誰もいないのにどうするんだよ」
「まあまあ、大丈夫だって。俺も協力するからさ」


 こんなやりとりがあったとはつゆしらず、俺はやっとありつけたミルクをたんまり飲んで夢の国へ旅立っていた。
 そうして結局、猫好きのカオルは俺を放っておくことができず面倒をみることになり、カオルが大学へ行っている間はヨシアキが世話することで話がついたらしい。
 朝になるとヨシアキが来る。夕方になるとカオルが帰ってきて、ヨシアキが自宅へ戻る。それが次第にヨシアキが部屋にいることが多くなり、気づけば二人と一匹でベッドに丸まる日々を迎えていたのだ。
 だから俺は「キューピッド」なんだってさ。ヨシアキの言うことはよくわからないけどさ。


 喉を奥がゴロゴロゴロと鳴る。勝手に鳴る。
 カオルが優しく俺の体を撫でるたびに、気持ちよくて喉が鳴る。思わずスリスリとカオルの胸や首に顔を擦り付けてしまう。


 もっと、もっと、もっと。
 触ってもいいんだせ?
 遠慮すんなよ、カオル。

 カオルはくすぐったいよと笑いながら、俺を抱っこしたままいつまでも体を撫で続けた。
 その横で、俺も撫でてなどと抜かしていた男のことは、まあ無視をしておこう。


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