糸切り歯
にこりと笑う口元から、チラリと見える八重歯を見るたびに、胸の奥から何かが流れ出しそうになります。
それはあの日、なくしてしまったもの。
人知れず冷たいダムの底に沈んだ街のような、いつしか他人の記憶から消え去るもの。
キリキリと歯をたてて、プツリと切り離した思いの丈。
キャンドルサービスの炎に燃え尽きた夢。
「来月には子供が生まれます」
葉書一枚で殺されそうになる。
無邪気な笑顔に、無邪気な心。
そんな貴方が好きでした。
今でもまだ好きでした。
どうか、その糸切り歯で、
友情というわずかな望みすら断ち切ってください。
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