箱庭 6


「越権行為、いや、この場合は職権濫用ですね。こんなものが出てきてしまったら罪に問われるのは杉田さんの方で、私には何のお咎めもないでしょうね」


 涼玄の手に握られているのは、紛れもなく杉田が仕掛けた盗聴器やその他、諸々の捜索機械だ。


「街中の監視カメラは安全性のために設置されていますから、画像を撮られても仕方ないとは思いますよ。でも、これはいくらなんでもやり過ぎではありませんか。そんなに私が怪しいですか?」
「……怪しい、だ、ろ」
「何を根拠に?」


 ぼやけていく視界と、重くなっていく口元と戦いながら、杉田は言葉を振り絞った。


「こ、の、状況が、まさにそれだろ。…俺に、な、にかあったら、ぜっ、……絶対に、調べが、ここに来る」

 杉田は目を閉じた。もう、目を開けていることすら苦痛で、息はあがり、両手を畳についてどうにか体を支えている状態だった。


「この状況で助けなんてきませんよ。お分かりでしょう? 外部との繋がりを絶たれた今、あなたに何が出来るのでしょう。そもそも、何故あなたは私にそんなにも固執するのですか? 今までの捜査で私は無罪放免されているのですよ。何故ご自分の身の危険を侵してまで、入り込もうとするのでしょうか」


 杉田の耳の奧の鼓膜を穏やかに揺さぶる口調だった。低すぎず高すぎず、涼しげな湖面を滑って響くような涼玄の声は、杉田の脳内に入り込み優しく真理を問いかけてきた。
 何故、こんなにもこの男に固執するのか。他にもやるべきことは山のようにあるというのに。何故、この事件だけが、自分の心を捕えて離さないのか。
 刑事としての長年の勘だけではなく、何か他に理由があったのではないか。



 ぐらり、ぐらり、…と、杉田の体が前後左右に大きく揺れたかと思うと、その両手は体を支えきれず、杉田は畳にどさりと投げ出された。
 ひんやりと冷たい。けれど青々とした畳の香りは、杉田の混濁した精神に不思議な清涼感を与えていた。
 何故だ、何故だ、何故だ……。一瞬、懇意にしていたあの鑑識員の言葉が頭をよぎったが、すぐに消え去りそのまま暗闇に飲み込まれていった。


 その様子の一部始終を静かに見守っていた涼玄は、動かなくなった杉田を見下ろし呟いた。


「可哀想に。ご自分の行動の意味すらわからないなんて、なんて可哀想なひとなんでしょう」


 涼玄は目の前にあった急須からお茶を注いだ。立ち上る湯気に目を細めながらゆっくりと湯呑みを持ち上げると、一度、庭に目をやってから玉露に口をつけた。
 その玉露は多少冷めてはいたが、涼玄にとってはどこまでも切なく甘美な飲み物だった。



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