箱庭 5


 杉田はしばらく畳に落としていた視線を庭に戻した。涼玄も同じく無言で庭を見つめていた。

 もう一度、湯呑みを手にとり、杉田は乾いた唇を濡らすように一口、含んだ。先ほどの苦味は感じなかったが、そのかわり何か別の匂いに気づいた。


 まさか…と、思った時にすでに事は遅かった。


 ぐらり、と視線が揺れる。いや、視線ではない。自分の体が芯を失ったかのように揺れているのがわかった。


「一体、何を、したんだ」


 ゆれ動くアタマの中の神経を必死にかき集めて、杉田はどうにか言葉を吐いた。


「多分、思っていらっしゃる通りのことですよ」


 涼玄は淡々と答えた。
 少しの動揺もない冷静な受け答えだった。


「何で、こんな、ことを」

 杉田はぼんやりと霞みはじめる風景の中で、静かに佇む涼玄を見つめた。
 真っ白な庭を背景に涼玄は、うっすらと笑みを浮かべていた。


「杉田さん、ひとつ教えてさしあげましょう」
「なんだ」
「行方不明になった皆さんのことですが、あの方たちは皆さんお元気でいらっしゃいますよ」
「どういうことだ」
「ですから、皆さん生きていらっしゃるんですよ。行方不明になったというのは方便で、皆さん自分から消えることを望んだんです。死んだと見せかけて、別の場所で別の人生を始めているんですよ。私はそのお手伝いをしただけで」


 涼玄は思いもよらないことを言い始めた。


 皆、生きていただと?
 ならば、何故誰も見つからないんだ?
 杉田は徐々に力が抜けていく体をどうにかまっすぐ保ちながら呟いた。


「そりゃ、見つかりませんよ、日本にはおりませんから。皆さん色々と事情を抱えていらしたので、まあ、ゆうなれば海外へ逃げたということになりますね」


 涼玄は穏やかな口調で続けた。
 目の前で動けなくなっていく杉田を、何か面白い動物を観察するかの如く、じっと見つめていた。


「それなら、自分もひとつ教えてやろうじゃないか」
「はい、何でしょう」
「この半年、俺が何もせずにここへ通っていたとでも思っているのか?」
「と、申しますと」


 杉田は辺りを伺うそぶりをしながら、重くなっていく唇を無理矢理開くようにしゃべり続けた。


「この会話は全て録音されている。会話だけじゃない。この半年、アンタの行動も全て録画されているはずだ。今、この状況もな。俺に何かあったら、別の奴らがここへ来る。アンタの言い訳は通用しない」


 杉田は勝ち誇ったかのように、口元だけで笑ってみせた。
 しかし、涼玄は一瞬驚いたように目を開いて見せたが、すぐにスッと目を細め、クスクスと声をたてて笑い始めたのだ。


「何がおかしいんだ」
「だって、杉田さん。子どもみたいなことをおっしゃるから」
「子どもだと? おかしいのはアンタのほうだ」



 涼玄は笑いながら着物の袂から、ある物を取り出した。


「杉田さん、もうひとつだけ教えてさしあげましょう。この半年、私のほうもあなたを黙って迎え入れていたわけではないのですよ。…これが、その証拠です。これは、一体何なんでしょうね」


 涼玄が袂からつかみ出し杉田の顔に突き付けたのは、杉田が半年かけてこの寺に仕掛けた盗聴器だった。



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