箱庭 3


 左手の白く細い指先が急須の蓋をおさえ、右手と共にゆっくりと急須全体を平行に回していく。


 湯に浸された茶葉がその身をゆるゆると開いていくと、辺りに甘くも青々とした薫りが立ち上る。
 この半年間見慣れた所作だが、涼玄の動きはなめらかで、少し俯いた顔が作るまつ毛の影さえ美しい風景の一部のように見えた。



 「どうぞ」


 スッと差し出された茶碗は柿右衛門だろうか。小ぶりだが特徴的な紅い模様が目についた。
 杉田は茶碗を鼻先に持ってくると、真新しい薫りを胸いっぱいに吸い込こんでから、一口、お茶を含む。


「いつもより苦味がありますね。茶葉をかえたんですか?」



 杉田の言葉に目を見開いた涼玄は、慌てた様子で自分の茶碗にお茶を注ぎ、一口、飲み込んだ。


「いつもよりお湯が熱いようです。冷ましが足りなかったんですね。失礼しました」
「いや、別に責めるつもりは。…苦味があるほうがお茶らしい味がしますよ」



 甘味の強い玉露は自分には高級すぎて座りが悪いというか、何となく落ち着かない印象があった。
 いつもデスクで口にする安くて苦いお茶のほうが体に馴染んでいて、杉田は安くできている自分の口を笑いたくなった。
 そして、再び庭に目を向けた。


 広間の目の前に仕切りはなく、庭が広く見渡せるようになっている。
 左右には障子一枚分の白い壁があるのだが、上部が丸く切りとられ外側が見えるデザインになっていた。
 随分モダンなんだなと感心していたところ、丸くくり貫くというのには昔から意味があるのだという。



「丸い円には永遠という意味があるんですよ。円は縁にも通じますしね」



 丸くくり貫かれた場所から見える風景は永遠の時間が宿るのだという。
 確かに丸く切りとられた風景には独特の美しさがあった。



「先日、面白い話を聞いたんですよ」



 暫く黙り込んだまま庭を見つめていた杉田に涼玄が話しかけた。



「箱庭療法ってご存じですか? 精神科のお医者様から聞いたんですが、小さな箱の中に砂をひいて、ミニチュアっていうんですか、小さな家とかビルとか色々な模型をその中に並べて風景を作るんだそうです。それでその模型の並べ方とか色使いとかで、その人の心がわかるというものなんだそうです」
「聞いたことはありますよ。でも、それが……何か?」
「ええ、砂をひいて物を並べるなら一般的な庭作りと同じと思いましてね。それなら世の中にある庭は全て職人たちの心象風景ということなります。そう考えますと昔からある有名な庭園などは、そういう専門家の皆様からどんなふうに見えているのかと。一般人にはわからないものも見えているのかと思うと、興味深い反面、少し怖い気もするんです」
「怖い、ですか」
「はい、この庭さえそういう対象で見ることもできますでしょう? 私の心が丸見えなんですから怖いですよ」



 涼玄の言葉を聞きながら、杉田は新たな捜査方法、プロファイリングのひとつになるだろうと予感していた。


「ご自身を暴かれるのが怖いんですね」
「そりゃあ、そうですよ。誰でもそうではないですか?」
「何もやましいことがなければ怖くないのでは?」



 途端に鋭い口調に変わった杉田に、涼玄はため息をつきながら言葉を返した。


「先ほどまで和やかでしたのに。すぐにそうなっておしまいなのは警察の方の性なんですか? これはあくまでも庭にまつわる話のひとつで、無遠慮に心を覗かれることは誰にとっても恐怖ですよ、そこにやましさはなくても。それに、散々ここは取り調べがされた場所で……何も出てこなかったではありませんか。それでもまだ、杉田さんは私を殺人者にしたいのですか?」


 涼玄は哀しげに呟くと庭に視線を投げた。


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