箱庭 2
「いらっしゃいませ」
何度も何度もこの場所に足を運ぶ杉田に、相も変わらず涼玄はその名に相応しい涼やかな表情を見せた。
とうに30歳は過ぎているというのに、涼玄の佇まいはまるで昨日成人式を迎えたような初々しさを称えている。
「また来たな、と思っていらっしゃるでしょう?」
思わず嫌味を吐いた杉田に涼玄は小さく微笑むと、庭が目の前に見える広間へと杉田をいざなった。
古ぼけた門をくぐり、寺の境内の玉砂利を踏みしめ、受付から寺の中へ上がり込むと、そこはもう俗世間からは隔絶された神聖な場所であることに気付く。
ピン、と張りつめた空気。
本堂に鎮座する仏像の名前はわからないが、長年そこでたくさんの迷える人間たちを見下ろしてきたであろうことは感じられた。
本堂脇の長い廊下を歩く。途中、奥にある広間との間を繋ぐ橋のような通路に出る。
辺りはこじんまりとした中庭のようになっていて、通路の下には川が流れていた。
それは本当の川ではなく、玉砂利を敷き詰めて川に見立てた風になっているものだ。
左右に長く、ゆったりと曲線を描くように配置された玉砂利は、どこまでも白く陽の光を浴びて美しく輝いていた。
まるでそれは、本堂と先へと続く広間とを隔てる三途の川のようだと杉田は思った。
「何度来られても何も変わらないと思いますが…」
広間に着くと涼玄はそう呟き、杉田に座布団を勧め、お茶を淹れてきますねと頭を下げて中座した。
お構い無く、とは言ったものの、一連のやり取りはここ半年間ほど続いているもので、今更この流れを切ることも出来なくなっていた。
杉田は座布団の上に胡座をかくと、何度も対時してきた庭に目を向けた。
そこには真っ白な庭が広がっていた。
白い砂だけで作られた庭【枯山水】だ。
水や緑に恵まれた日本で敢えてそれらを排除し、砂だけで庭を作って見せるあまりにも贅沢な代物だ。
杉田は暫くの間、その贅沢な美しさを堪能していた。
決して広くはない敷地に敷き詰められた白い砂。佇んでいる大きな石。
石の周りをぐるりと砂が囲い込み、砂にはたくさんの線が刻み込まれている。
その線ひとつひとつは、波を表し、川の流れを見せ、水面を広げ、水面に吹き寄せる風を見立て、降りしきる雨が作る波紋を思わせた。
そこにはない水の湿った匂いさえ感じられるほどだった。
以前、何故ここにこんな立派な枯山水があるのだろうと疑問に思い、涼玄に尋ねたことがあった。
涼玄も詳しいことはわからないとしながらも、かつて、京都の庭造りの名人がこちらの前住職に世話になり、そのお礼にと造られたらしいとのことだった。
そんなことを思い返しながら庭を見つめていると、丸い盆に急須とお茶碗を携えて涼玄が戻ってきた。
ふわりとお茶の甘く蒼い薫りが杉田の鼻をついた。
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