箱庭 1
杉田には確信があった。
何故に?…と問われれば、長年のカンだと答えるだろう。
しかしながら、カンだけでは何も解決はせず、寧ろ長年同じ生活を送ってきた故に「ヤツも衰えた」と思われるのがオチだ。
だからと言う訳ではないが、現場主義を貫いてきた者として何度も何度も心に引っ掛かる場所へ足を運ぶ。
彼に違いない。
心が叫ぶ。
けれど、明確な証拠が上がってこない。杉田は微かなわだかまりを持ちつつ、今日も賑やかな街の駅前に降り立った。
原宿というところは、くたびれた親父には似つかわしくない街だ。
ボタンの取れかけたグレーのコートのポケットに手を突っ込んだまま、足早に通りを抜けていく。
このコートをクリーニングに出したのは何時だったか、杉田はもう忘れてしまっていた。
仕事の忙しさに会話が少なくなっていった妻が、離婚届一枚残して消えた日からもう何ヵ月も過ぎていた。離婚届は未だ机の引出しの中だ。
平日の昼間だというのに、この人混みは何なのだろう。目に痛いカラフルな洋服に身を包んだ少女が楽しげに歩いている。髪は金髪だ。
一体学校はどうしたのだと余計なことを思いながら、背を丸め、更に足を早く動かす。
あの場所へたどり着くに、どうしてもこの通りを歩かなければならないのが杉田にとって肩身が狭かった。
砂糖にびっしり群がる黒蟻の大群のように、毎日、毎日、人が溢れ返る賑やかすぎる通りを抜けて、大通りから一本狭い道へ入っていく。
すると、そこは先程とは打って変わり、閑静な住宅街が広がっている。
さらに歩を進めると、こんもりと生い茂った樹木が目印の小さな森のような公園が見えてくる。
そのすぐそばに目的の場所があった。
門構えは小さく、とてもじゃないが由緒正しい処には見えない寺だ。
駅から離れたところにポツンと佇み、訪ねる人もいないような雰囲気をしているが、その実、隠れた名所として名高い寺なのだと言う。
何がそんなに有名なのかといえば、寺の奥にある庭だ。
東京の原宿という流行の最先端を行く街に、日本の文化を代表する程の美しい庭が存在するのだと。
杉田も初めは大したことはないのだろうと高をくくっていたのだが、実際に目にした庭は日本の名だたる庭園に引けを取らない素晴らしさだった。
しかしながら、杉田の目的はそこにはなかった。
その寺の住職、安藤涼玄こそが杉田の目指す人物だった。
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