夜明け 20


 それはこっちの台詞だと返されて二人は再会を喜び固く握手を交わした。
 どうやらミゲルもニューヨークでのテロを知って、慌ててこの地から出国しようとしていたらしい。
 そしてドイツへは戻らずニューヨーク入りするつもりだと言う。


「飛行機は飛ぶのか?」
「さあね。とりあえずイスタンブールまで行ってみなければわからないよ。まだ情報が錯綜しているようだから飛ぶ可能性は高いと思う」


 二人はメディアセンターを離れてからの経緯を報告しあいながら、トルコへと抜ける国際列車駅へと急いだ。
 日本へ戻れと言われて素直に従おうとする佐倉に、ミゲルは多少呆れながらもそれぞれの考え方を支持しようとしていた。
 佐倉は本音を言えばあのままハマーに滞在していたかった。喩え、アスランに帰れと言われても残ろうと思えば残れたはずだ。けれどアサドの運転する車に乗り込んだのは、アスランの想いを踏みにじりたくなかったせいだ。


 アスランと二人で見上げたあの朝日が鮮やかに脳裏に浮かんでくる。
 アスランはサヨナラとしか言わなかったが、お前はお前の土地でやるべきことをやれ…といわれているような気がしていたのだ。


「ミゲル、アッラーイッサリクマ…とはどういう意味なんだ?」
「…アッラーイッサリクマか、ああ、それはサヨナラって意味だろ。もっと詳しく訳すなら、アッラーのご加護がありますようにって意味になるね」


 国際列車に乗り込み、動き出した風景を窓の向こうに見ながら佐倉はアサドの言葉を小さく呟いてみた。

 …神のご加護を。
 そこにはどれほどの想いが込められているのか、佐倉には簡単に理解は出来なかったし、理解してはいけないような気もしていた。 トルコへと走り始めた列車に揺られながら、佐倉は通信社とメールで連絡を取った。情報はやはり錯綜しており、はっきりとしたことがわかるまで日本へ戻ってこいとのことだった。


 そしてトルコ入りした二人は迷わずイスタンブールへ行き、佐倉は直行便で日本を目指し、ミゲルは翔ぶかわからないニューヨーク行きの飛行機に飛び乗った。
 生きていればまた会えるさと笑いながら、ミゲルは次のターゲットを見つけたジャーナリストらしく一度も後ろを振り返らなかったのが印象的だった。
 そして無事に日本へ戻った佐倉は、いつもどおり賑やかな東京のオフィス街に舞い戻り、現地から送った写真や文章を元に幾つかの記事を雑誌やネットに掲載する運びとなった。


 そして時間が経つにつれ、そこからまた紛争地域へ戻ることは難しくなっていった。
 政府から紛争地域への渡航自粛勧告が出されただけではなく、唯一頭の上がらない母親に泣かれたこともその理由のひとつだった。


 そうして数年が経ち、佐倉はフリー契約をしていた通信社で正式な社員となった。社員になればさらに危険なことは出来ないし、させて貰えなくなるのは解っていた。けれどその時はそうするより生きていく道がなかった。
 ニューヨークでのテロから数年後、フランスの地下鉄で自爆テロが起きた時、佐倉は取材へ行きたいと申告したが受け入れて貰えなかった。佐倉はあの日、ジャーナリストとしての牙を自ら抜いてしまったのだと痛感した瞬間だった。


 ガラン…としたオフィスで独り、パソコンの前に座りながらすっかり冷めてしまったコーヒーを紙コップから啜り飲む。
 煌々と光を放つパソコン画面には【大物テロリスト暗殺か】の文字が踊っている。
 まさかなと思いながら情報を追いかけ、アスランの名がないことにホッとしてしまう自分に呆れていた。


 …アスラン
 アルスラーン

 日本に帰国してから、初めてアスランという名前の持つ意味を知った。
 そこに込められた彼の両親や先祖達の強い想いを、佐倉は未だに消化しきれないでいる。


 アスラン
 あの日、二人で見上げた朝日は力強く美しかった。
 そして、目を細めた君の横顔は今でも写真の中に息づいている。


 アスラン
 アルスラーン

 君の漆黒の瞳に夜明けは訪れたのだろうか。


 オフィスの窓から眼下に広がる世界は、今ゆっくりと眠りから目を醒まそうとしている時刻だ。
 東の空に朝の気配が見え始めている。


 君が生きる世界に真実の【夜明け】が訪れるのはいつなのか。


 それは誰にも解らない。

 佐倉は四角い画面を見つめると、静かに左隅をクリックしてパソコンをシャットダウンした。


【Fin】


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