僕に光をくれるひと 2


「100%ではありませんが、角膜移植をすれば治る可能性が出てきましたよ」
「本当ですか、笹木先生!!」

 主治医の言葉に、誰よりも大きな声をあげて喜んだのは悠介の両親だ。
 狭い診察室の中で、涙を浮かべながら何度も何度も、ありがとうございますと床に届きそうなくらい深く頭を下げていた。

「お母様、現時点で絶対100%大丈夫だとは言えないのです。ですが、トライする価値はありますよ。当病院としても初めての事例になりますから、医療費もこちらで負担可能です」

 淡々と話す医師の口調に、悠介は微かなわだかまりを感じて質問を投げかけた。

「先生、角膜移植って、誰かの角膜を貰うんでしょ?」
「そうですよ」
「それって、亡くなった人から貰うんだよね?」
「はい。亡くなった方ご本人がアイバンク協会に登録していて、ご遺族から同意を得て角膜を提供していただくんです」

 それくらいの情報は悠介も知っていた。引っ掛かったのはそこではなく、提供をしてくれる時の状況だ。
 銀色のフレームの眼鏡から、穏やかなまなざしを向ける主治医に悠介はポツポツと言葉を返した。

「亡くなってすぐに角膜を貰うんでしょ?それって何だか、その人が死ぬのを待ってるみたいな気がする。目が見えたら嬉しいって思ってたけど。俺、そんなのやだよ」

 最後は声が震えてしまった。目が見えるようになりたいと願ってきたけれど、見知らぬ誰かの身体の一部を貰うという事実に正直怖さを感じたのだ。
 口を引き結んで俯いてしまった悠介に両親は何も言えず、すがるような目付きで主治医を見つめていた。
 苦手な消毒液の匂いが、悠介の身体にべったりとまとわりつくような気がした。
 今すぐにというわけではありませんから、ゆっくり考えてから答えを出すといいですよ〜と主治医は優しく悠介の肩に触れた。

 気まずい雰囲気を抱えたまま帰宅して、悠介は部屋に籠って成瀬から貰ったCDの一枚を聴き始めた。
 柔らかな声が部屋いっぱいに流れ始める。
 春の陽射しを一身に受けているような、心の奥に光が射し込んでくるような温かさのある声だ。
 とても優しく「悠介くん」と呼んでくれる大人の声だ。

「…成瀬さん」

 いつだったか、ふわりと頭を撫でられたことがあった。大きくて重みがあって、温かい手のひらが自分の頭に置かれて優しく髪を撫でていった。
 あの感触を思い出す度に、胸がキュッと痛んで切なかった。

 目が見えるようになりたいと思っていた。
 けれど、誰かの犠牲の上に願いが叶うのは嫌だった。

 悠介は自分の頭に手のひらを置いてみた。そして、撫でるように動かしてみた。
 あの日のぬくもりを追いかけるように、何度も頭を自分で撫で続けた。


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