夜明け 19
憮然とした表情で元来た道を歩いていくアサドに腕を牽かれながら、佐倉は何度も何度も後ろを振り返りつつ、先を急ぐアサドへの言葉を探していた。
「アサド、あれはどこの映像だ? 一体何が起きたんだ」
アサドは足を止めると、ゆっくりと振り返った。
訳が解らず狼狽える佐倉の腕を掴んだままアサドは落ち着いた口調で話し始めた。
「テロが起きました」
「…国内なのか?」
「いえ、アメリカです。あの映像はニューヨークのツインタワーです」
「……な、…え?、ニューヨーク、マンハッタンでテロか!? そんなバカな」
「飛行機が二機、同時に突っ込んでビルが倒壊しました」
固まった表情を動かさないまま、丁寧な物言いでアサドは話を続けた。
このテロは自分達にとっても大変な意味を持つことになり、今後のシリア政府の動きを変えるものになるだろうと。
「まさか、君達の仲間がやったなんてことはないよな?」
「ありえません。何故なら…ここだけの話ですが、私達自由軍はアメリカから支援を受けているからです」
「アメリカから?」
「アメリカだけではありませんが。シリア政府と対立しているアメリカには、アメリカなりの目論見があるということです」
「ならばシリア政府が今回のことに関わっているということか」
「それは解りません。解らないからアスランはあなたを日本へ帰そうとしているのです」
それだけ危険な状勢になっているのだと言いたげに、アサドは再び佐倉の腕を掴むと薄暗い通路を急ぎ始めた。
ラタキアはハマーから北西に位置する都市だ。地中海に面した大都市で、そこからは国外へ通じる交通網が細かく配備されている。
南下してダマスカスへ戻るよりも、国外へ出るならラタキアへ向かった方が便利で確実なのである。
佐倉は体を押し込められるようにして車に乗り込んだ。
緊張した面持ちでハンドルを握るアサドを伺いながらも、建物の地下にいるアスラン一行が気になって後ろを振り返った。
すると建物入り口に人が立っているのが目に入った。
アスランだ。
佐倉は車の窓を開けると、身を乗り出すようにして声をあげた。
「アスラン!」
アスランは右手をゆっくりとあげると、佐倉に応えるように何か言葉を投げてきた。
アユム、
アマッサラーマ
それは別れの言葉だった。
もう二度と会えないかもしない、今生の別れになるかもしれない言葉だった。
佐倉は大きく手を振り返した。決してさよならを口にはしなかった。
ラタキアに着くと、アサドは国際列車の駅まで佐倉を連れていった。
ここからトルコへ抜けるのが一番安全だろうという話だった。
「アサド、もっと色々話したかったが」
アサドは首を横に振ると、口元に笑みを浮かべて見せた。
佐倉は右手を差し出し、アサドに別れの握手を求めた。
アサドは戸惑いながらもそっと右手を握り返した。
「シュクラン、アサド」
「アッラーイッサリクマ、アユム」
耳慣れない言葉を残してアサドは車に乗り込み、あっという間に走り去っていった。
さて、まずは状況を把握しなければと駅のインフォメーションへ向かうと、そこに意外な人物を発見することになった。
「…アユム?」
「ミゲルじゃないか! 何でまたこんなところに」
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