夜明け 18
辺りに何も見えない平坦な道を走り続けると街らしき風景が目に飛び込んできた。
そう、そこはかつて街だった場所だ。
爆弾の雨に晒されて壊滅した街、ハマー。
あれから何年も経っているのに街は回復の兆しすら見えず、崩れかけた建物が並び、人の姿は見えず、廃墟と言ってもいい位の有り様だ。
車から降り立った佐倉は辺りを呆然と見渡しながらカメラを構えた。
政府軍の爆撃から約20年以上。未だに戦争は続いているのだと実感させられる光景だ。
佐倉が黙々とシャッターを切っていると、アスランはアサドを携え近くの崩れかかった建物へ入っていった。
割れた煉瓦の建物は物音ひとつせず、迷わず歩いていくアスランとアサド、そしてその後を慌てて追いかけていく佐倉の足音がするだけだ。
今にも崩れそうな建物に怯えながらも、佐倉は奥へ歩みを進めるアスランに付いていった。
壊れて役に立たない扉を潜り抜けると、その先に地下へと続く階段があった。 アスランは辺りを警戒しながら足早に降りていく。アサドも素早く後に続く。佐倉は恐る恐る幅の狭い階段を降りていった。
薄暗い地下は光を通さないせいかヒンヤリとした空気に満ちていた。
狭い通り道を突き進んでいくと、途中に幾つもの道が交差しているのがわかった。これは多分、迷路になっているのだと佐倉は思った。ここを出入りしている人間にしかわからないルートがあるのだ。
佐倉は迷わないように先を急ぐアスランに付いていった。
しばらく歩いた先に見えたのは、沢山の仲間が待機している部屋と武器庫。
さらにその先に何か稼働している音が聞こえてくる部屋があった。
「あの音は?」
「あれは地下工場だ。あそこはパンを焼いている。他にも色々とね、作っているんだ」
他にも色々…というのは何なのか気にはなったが、多分訊いても教えてはくれないのだろう。
佐倉は撮影の許可を確認しながらカメラを構えるしかなかった。
焦土化した街が、実はテロリストの地下アジトになっていたとは思いもよらなかった。
街に一般の人間が住んでいる様子は感じられず、どこまでも不毛な廃墟にしか見えなかった。
アスランとアサドが入っていった部屋はどうやらこれからの作戦を立てる場所らしかった。
そこにいる人間はあの宿舎で見た兵士達とは明らかに顔つきが違っていた。
眼光鋭く、チラリとこちらに視線を投げつけられただけで、背筋がゾッとするほど冷たい雰囲気を纏っていた。
しかし、事態は急変するのだ。
アスランがパソコンの前に立ち、そこに写し出された画面を見ていきなり何かを叫んだ。
部屋に緊張が走る。周りにいた数人の人間も慌てて画面を覗き込んだ。そして、信じられないものでも見たかのように首を横に振り、天を仰ぎつつ口々に「アッラー、アッラー」と呟いていた。
アッラーとはイスラムの神を意味する。
それを口にしたということは思いもよらぬ事態が起こったということだ。
佐倉は怯えながらもアスランに声をかけようと口を開きかけた……と、その時、アスランが佐倉を振り返り、ひと言叫んだ。
「アユム、今からすぐにラタキアへ行け。そしてすぐに日本へ戻れ」
「え、…それはどういう」
有無を言わさぬ雰囲気だった。
戸惑う佐倉を尻目に、アスランはアサドに車を出すように命じた。アサドはここに居たいと訴えていたようだったが、アスランの只ならぬ威圧感に口をつぐみ、佐倉の手を引きながら外へと向かった。
何が起こっているのか、まるでわからなかった。
チラリと目の端に入ったパソコンの画面は、何処かの都市の建物がゆっくりと倒壊していく場面だった。
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