夜明け 17


 ヒュン…と、空気を切り裂く音が響き渡る。


 次の瞬間には地面が上下に揺れ動き、その場から逃げようとする膝がガクガク震えていうことをきかない。手足が縺れて動けなくなれば、それは死を意味することになる。
 爆音、怒号、悲鳴。旋回する軍用ヘリと迎撃機の羽音。毎日、空から降ってくる爆弾。逃げ惑う人々を狙い撃つ機銃掃射。それが日常の風景になる国。
 車に引きずり込まれた佐倉は身を固くしてシートに蹲っていた。


「思ったよりも早く来たな。…アサド、北上するぞ、ハマーへ向かえ」


 アスランは落ち着いた口調で車中で待機していたアサドに命じた。
 年若いアサドは口元をキュッと引き締めると手慣れた操作で車を動かし始めた。
 ハマーは内乱を激化させる切っ掛けを作った街だ。水と緑の美しい風景が政府軍の砲撃に破壊され、人々は殺され、焦土化してしまった悲劇の場所だ。


「どういうことだ? アスラン」
「何がだ」
「思ったよりも早く来た…てことは、今回の作戦は全て向こうに伝わっていたということなのか」


 佐倉は軽く混乱していた。
 一歩間違えれば大量の犠牲者が出ていたかもしれないのに、ギリギリの処で作戦を決行したアスランのやり方に疑問を感じてしまったのだ。


「アユム、今回こちら側に戻った兵士は100人以上いる。その中にスパイがいてもおかしくはないだろう? それを承知でこちらの情報を流したんだ。犠牲が出なかったのは幸いだが、これで誰が不穏な動きをしているのかはっきりしたんだ」
「犠牲が出るのも覚悟していたと?」
「いつ何が起こるとも知れぬ状態に甘いことは言っていられないのが現実だ。無論、我々の仲間にも政府軍の中で諜報活動している者がいる。もしかしたら二重スパイもいるかもしれないが」


 佐倉は自分自身の余りの無知さに言葉を失っていた。
 戦争とは銃撃戦だけではないのだと。あらゆる情報が錯綜する中を掻い潜り真実を掴む、或いは真実を作り出すことすらあるのだと。


「アユム、情報とはな、掴む物ではないんだ。混乱している情勢下では情報を流す側にいなければならない。情報に振り回される時こそ、終りの時だ」


 それくらい解っているだろうと言いたげにアスランは落ち着き払っていた。
 今回の作戦は何ヵ月も前から計画されていたものだ。ならば、その時点で政府側も動いているはずだ。
 アスランはそれを承知で行動し、さらに一手先を考えているのだ。
 焦土化したハマーへ向かうとはそういうことなのだろうと佐倉は思った。そして、車が動き出してから砲撃が続いていないことに気づいた。


「向こうはもう攻撃してこないのか?」
「あれはあくまでも威嚇だろう。お前達の行動は把握しているぞと脅しを掛けてきているんだろう」
「脅し? あれが?」
「そうだ。よく考えてもみろ、政府軍が自分の処の宿舎を攻撃してどうするんだ? 世間に対して誤爆だなんて言い訳は通じないだろう」


 アスランは愉快そうに笑って見せた。
 その笑顔は全ての情報を把握しているのはこちらなのだと物語っていた。


「これが現実なんだ、アユム。我々が見ている現実は何て馬鹿らしくて悲惨なんだろうな、そうは思わないか?」


 アスランは再び笑って見せた。
 先程見せた傲慢な笑顔とは打って変わって、悲哀の隠った何とも言い難い顔つきだった。


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