夜明け 16


「もう朝になるのか」


 うっすらと白み始めた東の空を仰ぎ見たアスランが呟いた。
 辺りには宿舎以外高い建物がないせいか、地平線を切り開くように広がっていく光りがよく見えた。


「アユム、日本はあの太陽の麓にあるのだろう?」 

 アスランが指差す方向に目をやると、佐倉はゆっくりと姿を現しつつある太陽の強い光に目を細めながら頷いた。
 するとアスランは突如その場に跪き、太陽に祈りを捧げるかのように額を地面に擦り付けた。
 そして数回頭を上げ下げしながら、歌のような呪文のような言葉を小さく呟いていた。
 佐倉は黙ってその姿をカメラで切り取った。太陽はイスラム教徒にとって神様なのだ。ひんやりとした空気が少しずつ温かくなっていくのを感じながら、佐倉はアスランの祈りを見つめていた。


「アユム、日本は仏教の国なのだろう?」


 祈りを終えたアスランは身を起こすと佐倉にそう訪ねてきた。


「仏教はインドから入ってきた物だし、元々日本は先祖崇拝と自然信仰の国だから。あらゆる場所や物に神様がいると考えられているんだ」
「場所や物に神が? それぞれの場所に違う神がいると言うのか、日本人は」


 驚いたように振り返るアスランに佐倉は日本特有の信仰の形を伝えた。
 全ての物に神が宿るという考え方や、全ての場所に守り神がいると考えそこに神社や祠を建て祀ることも。そして、世の中に存在する全ての宗教のどれを信心しても良い自由と、宗教を信心しなくてもいい自由とがあると説明した。


「信仰がない人間もいるのか?」
「勿論、いるよ」
「それこそ信じられないことだ。その者は何を心の拠り所とするのだ? 神の存在を否定しているのか?」
「…多分、否定するわけではなくて、ひとつだけの価値観に囚われたくないんだと思うよ。全てに於いて自由でいたいというか…まあ、日本は色んな宗教を普通に受け入れてるからね。神社と教会とモスクが並んで建っている街もあるくらいだからね」
「争いは起きないのか?」
「そこは皆、仲良くしていると聞いたけど」


 不思議な話を聞いたと言わんばかりの表情をしてみせたアスランは、その後、何かを感じたのかフッとため息をついた。
 宗教とは本来、人を幸せへ導く為のものだ。山の頂上を目指すのに色々なルートがあるように幸せである為の道のりもまたそれぞれ違って当然だ。その違いだけで争うのは本末転倒と言えるだろう。


 誰もが幸せになる権利と自由があるのだ。


 こんな当たり前のことを今更、声高に叫ばなければならないほど人間の価値観は狂ってしまったということなのだろうか。
 幸せとは、アスランのように立ち上がらなければ得られない権利になってしまったのならば、人類は一体どこで間違いを犯してしまったのだろうか。


 太陽は世界にひとつしかなく、その恩恵を地球上全ての生き物が平等に受け取っているように、幸せを噛み締める日が訪れるのはいつなのか。
 仲間の幸せを願う愛情を持ちながら敵を討つ憎しみを増幅させる矛盾。その大きな体に抱える哀しみはいつなくなるのだろうか。


 天空に向かって上りつつある太陽を見上げながら、佐倉は日本の平和さに感謝したくなった。平和ボケと言われて久しいが、それでも毎日防弾に怯える日々よりは良い。


 そう思いながら、傍らにいるアスランに顔を向けたその時だった。
 遠くから何か迫ってくるような振動が辺りを包み込んだ。アスランは咄嗟に佐倉の腕を掴むと、素早く車の中へ引きずり込んだ。
 その直後、宿舎の数メートル前方に砲弾が降り注いだ。


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