夜明け 15


 扉の向こうから溢れ出てきた兵士の群れは、全て見事に車に吸い込まれていった。
 そのあまりの数に拘わらず、事は静かに秩序を持って遂行されていた。
 兵士達は宿舎にあったと思われる無数の銃器も運び込んでいた。


「兵士達の上官も寝返ったのか?」
「いや、さすがにいないようだな」


 兵士達の統率のとれた動きに、佐倉の呟きはいとも容易く消えていく。


「多分、上官は昼過ぎに目を醒ますだろうね」


 一服、盛ったというわけか。
 悪戯っ子のように笑みを浮かべたアスランに佐倉はため息をついたが、その後、用意周到に計画されたこの作戦に戦くことになるのだ。


「全て完了しました」


 現場を仕切っていた若者がアスランに走り寄り現状報告を始める。
 兵士、総勢160名。銃器の数、散弾銃やバズーカ砲、火炎放射器、手榴弾など合わせて600〜700あまり。上官は寝室にて就寝中、手錠と足枷で動けないようにしてあるとのこと。これから南下して銃器はホルムのアジトへ、兵士達はシリア各都市にある自由軍に合流する旨を伝えた。


 アスランが小さく頷くと若者は一礼して車に乗り込み、エンジンをかけた。
 それを合図にして、全ての車が目的の地を目指し動き始めた。
 宿舎をぐるりと取り囲んでいた車は、あっという間に夜の闇に消えていった。


 辺りは何事もなかったかのように静けさを取り戻していた。
 ただただシャッターを切り続けていた佐倉は、暫し呆然と辺りを伺っていた。


「大丈夫か、アユム」


 アスランに声をかけられて、ゆっくりと巡らすようにその視線を彼に向けた。
 自分よりも少し高い位置にあるアスランの眼差しは、深く暗い闇のように思えた。
 恐ろしいわけではなく、そこに湛えられた苦しみや悲しみや、佐倉には到底理解できないであろう文化や宗教が編み上げた歴史を垣間見たせいだ。


「アスラン、自分はきっとどう頑張っても本当の理解は出来ないんだろうね」


 思わず口にした言葉にアスランは一瞬目を見張り、その後すぐに口元に笑みを浮かべると、アユムの細い肩に手を置き口を開いた。


「理解するのは難しくて当たり前だ。生まれた環境が違うのだから。けれどそんな風に思ってくれるだけで有り難い」


 肩に置かれた指先から体温が伝わってくる。
 生まれた場所は違くても我々は同じ人間で、温かい血が通っていることに改めて気づく。
 そして、その気づきこそが何よりも大切なことなのだと、荒涼とした大地を目の前にして痛感するのだ。


 佐倉は今一度、自分の横に立つアスランを見上げた。
 文句なしに美しい男だと思った。
 柔らかく吹き始めた風にアスランの黒髪が棚引いている。
 その横顔を切り取るように、佐倉はカメラを構えた。


 アスランの整ったシルエットの向こう側、緩やかに朝の兆しが見えていた。


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