夜明け 14
両腕に抱えられた黒光りする散弾銃と、身体中に巻かれた弾の数に戦いた佐倉は咄嗟に車の陰に走り込み、地面に腹這いになった。
一体、何人の兵士が走り出してきたのか把握できない。
丸く頭部を被う頑丈そうなヘルメットに分厚い布地のジャケットにパンツを身に付け、足元は編み上げのブーツ。動く度に地面を蹴り上げるザクザクとした音が響く。
隠れた車の後ろから、警戒しながら辺りを伺っていると、ふいに近くから笑い声が聞こえてきた。
ふと顔をあげるといつの間に来たのか、身を屈めたアスランが佐倉を見下ろしていたのだ。
「アスラン、大丈夫なのか」
「アユム、君こそ大丈夫か?」
「…え」
自分を見下ろすアスランの眼差しは優しく穏やかで、佐倉は一瞬何を言われているのか解らない状態だった。
「そんなところに隠れなくても大丈夫だ」
「…でもっ」
「彼らは確かに政府軍の兵士達だが、幼い頃から苦楽を共にした者ばかりだ。…それに、もう今夜から彼らは政府軍の兵士ではないんだ」
「……え、それはどういう…」
伸ばされた指先がそっと佐倉の腕に落とされた。
アスランは落ち着けと言わんばかりに腕を軽く叩くと、腹這いの佐倉の体を引き上げた。
「ほら、見てごらん」
佐倉はアスランが指し示す方に目を凝らした。
銃を携えた兵士達が足早に車の荷台に乗り込んでいくのがわかった。
何十人、いや、百人近くいるだろうか。
闇夜にわらわらと蠢く兵士達が、建物をぐるりと囲んでいた車に次々と吸い込まれていく。
「これは、まさか寝返ったのか」
「寝返った、と言えば寝返ったのことになるのかもしれないが。彼らは元の場所に戻ったというのが正しいだろう。誰も望んで政府軍の兵士になったわけではないからな」
背筋を真っ直ぐに伸ばし、扉の向こうから押し寄せてくる兵士の群れをアスランは殊更嬉しそうに見つめていた。
生まれた時から、いや生まれる前から戦場で生きることを強いられた者達が生き延びていく為には、目の前にある銃を選択しなければならないことがあるのだ。
誰が好き好んで人殺しになりたいと思うだろうか。
誰が好き好んで砲撃の雨の中を走りたいと思うだろうか。
同じイスラムの国に生まれた者同士、血で血を洗うような争いをしたいと思うだろうか。
銃を選ぶのは偏に生きていくため、愛する家族に毎日の食事を与えるためだ。政府軍の兵士になれば一定の給料が入り生活が保障される。それが欲しくて兵士になる者が殆どだ。
しかし、毎日毎日、何処かで爆発が起こり空からは爆弾が降ってくる暮らしは、自分の中にある当たり前の基準を壊していくのだ。
誰にでも親兄弟がいること。誰にでも友人や恋人がいて大切に想っていること。愛する者を亡くせば誰もが哀しみに暮れること。
そして、敵視している相手が自分と同じ人間であること。
もし、政府軍の兵士にならなくてもつつがなく生活を送ることが出来るのなら、躊躇なく銃を投げ出す者は後を絶たないだろう。
それほどにこの国は酷い有り様なのだ。
佐倉は服に付いた土を払うと、再びカメラを建物に向けて構えた。
ファインダーの向こうに見えるのは銃を携えた無数の兵士達。しかし良く良く見てみれば、彼らはその彫りの深い顔立ちに満面の笑みを浮かべているのだ。
それは何かから解放されたような、爽やかさを纏っていた。
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