夜明け 12
しばらくして部屋に戻ってきたアスランはアサドに食事の片付けを命じると、佐倉に向き直り真剣な顔つきで口を開いた。
「夕方からラムスへ向かう。一度戻ってからでもいいが、出来ればここでしばらく待機してから向かいたい。同行出来るか?」
最後にひとつ残されていたパンを取ろうとしていたミゲルの手が止まった。
佐倉はミゲルの何か言いたげな視線を感じながら、アスランの申し出に素早く頷いた。
やっと始まるのだ……何かが。佐倉は逸る気持ちを抑えつつ、食後に出されたコーヒーをゆっくりと飲み下した。
アジトに戻る案は何かあっては困るとアサドがごねた為に却下され、佐倉はアスランと共にメディアセンターで待機することになった。
太陽はまだ高い位置から強い光を放ち、空は青々と広がりを見せていた。
その少しの時間を利用して佐倉とミゲルは設置されているパソコンに向かい、お互いの雇い主である通信社に現状報告をメールしていた。
「ミゲル、君も行くか?」
「誘われていないのに?」
「行きたいだろ」
「勿論。でも歓迎はされていないようだから遠慮するよ。無理に付いて行ったってそれこそ何が起こるかわからないからね」
ミゲルは佐倉に気にするなと言いたげにウインクをして見せたが、その緑色の瞳の奥は笑ってはいなかった。
ジャーナリストとして絶好のチャンスの匂いが漂っているのは解っている。それでも行かないのは、やはり全ては命あってのものだと理性が警告するせいだ。
アルスラーン・アリー・ハッダードがテロリストである事実を忘れてはならないのだ。
「アユムは望まれて行くんだ。だから守って貰えるだろう。無論、油断は禁物だが」
「残念だ。一緒だったら心強いのに」
「スクープなら独り占めすればいい。自分はこの後、世話になった仲間にコンタクトを取る予定だ」
「そうか、わかった」
そこでふたりの会話は途切れ、後は黙々とパソコンに向かう時間が過ぎた。
そして、太陽が西の空に傾きかけた頃、アスランが出発の号令を発した。
ミゲルとはそこで別れることとなった。
「彼は同行したいと言ってはいなかったのか?」
「行きたいとは言ってましたけどね。誘われていないから遠慮すると」
「そうか、馬鹿ではなかった…ということか」
アサドの運転で北に向かって走り始めた車の中でアスランが発した言葉に、佐倉はゾクリと背筋に悪寒が走るのを感じた。
そして、自分が置かれている立場を今一度振り返ってみた。
今、こうして無事に車に乗っていること自体が奇跡なのだ。
改めて気づかされたことだった。
街灯も少なく、薄暗くなっていく街並みを北へ北へと車が走っていく。
これから向かうラムスはシリアの中でも戦闘の最前線にある村だ。
何が始まる処の話ではない。既に事が起きている場所へ自らが突っ込んで行こうとしているのだ。
佐倉は隣で悠々と座っているアスランをそっと見上げて、身を固くした。
アスランの口元に笑みが浮かんでいたからだ。
それは恐ろしいほどに美しい表情だった。
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