夜明け 11


 若者に続いてメディアセンターの奥の扉へ入っていくと、白いクロスの掛かったテーブルの上に焼きたてのパンと大皿に盛られた料理が用意してあった。


「ムタッバルか、これは旨いんだよな」


 ミゲルが嬉しそうな声をあげる。ムタッバルはナスをペーストにして塩やレモン、ニンニク、ヨーグルトなどで味付けしたもので食が進む料理だ。
 更に美味しそうな湯気を立てている鍋が目に入った。

「こっちにはマグルーバがある。残念ながら肉は少ないのだが」


 佐倉が鍋を覗き込むと、そこには沢山の野菜と米、肉が煮込まれていた。


「そちらの客人もどうぞ沢山召し上がって下さい」


 アスランは皿を手に取りながら、ミゲルに笑いかけた。


「旨そうだ…っと、その前に自己紹介くらいしないと失礼だな。どうにも自分は旨そうなものを目の前にするとそればかりになってしまって」


 ミゲルは申し訳ないと大きな体を縮こませながら、アスランに握手を求めた。


「ミゲル・シュタイン、フリージャーナリストです。数日前までファールーク旅団の取材をしていました」
「アルスラーン・アリー・ハッダード。どうぞアスランと呼んでください」


 握手を交わした一瞬、佐倉はふたりの間に張りつめた空気を感じたが、敢えてそこは素知らぬふりをして流した。
 ファールーク旅団の名前が出たせいだと思ったからだ。
 そして、先程苦々しい顔つきでふたりを案内した若者もアサド・ムバラクと名乗り、小さく肩を落としながら最初の非礼を佐倉に詫びてきた。
 佐倉は大丈夫だからと笑いかけ、四人は改めて食事の席につくことになった。


 鍋から白い皿に盛られたマグルーバはトマトの酸味と少ないながら鶏肉の出汁とが米に滲みこんで、なかなかの味わいだった。
 それから焼きたてのパンにムタッバルを塗り、口一杯に放り込めばそれだけで充分過ぎるほどの食事だ。これにビールの一杯でもあれば最高だがイスラム教はアルコールを禁じている。
 それにしても、一体どこでパンを焼いているのだろうか。小麦はどこから? 米や肉まで流通経路が確実にあるということだろうが。


 佐倉は素直に疑問をアスランにぶつけると、アスランはひとつひとつ丁寧に答えていった。
 食料はトルコを経由していること。パンは秘密理にパン工場を稼働させていること(それがどこにあるのかは教えてくれなかった) 資金は寄付や支援があるとのことだった。


 その資金源こそ佐倉が知りたいことのひとつだったが、アスランは楽しそうに笑みを浮かべるばかりで、決して口を割ろうとはしなかった。


 一通りの食事が済むと、アスランとアサドは時計を気にしながら席をたち、隣の部屋へと足早に入っていった。
 何事かと思っていると、隣から何かを唱える声が聞こえてきた。


「礼拝の時間か」


 ミゲルが壁の時計を見上げながら呟いた。
 イスラム教徒は1日に4回、イスラム教の聖地であるメッカの方角に向かって祈りを捧げる習慣がある。
 どこにいてもメッカの方角がわかるように目印になるものを持っているし、部屋やホテルの天井にも矢印が記されているほどだ。
 日本人からすればそこまでやるのかと感じるだろう。しかしながら、その国それぞれの宗教感はそこに住まう人間でなければわからないこともあるのだ。


 ある意味、どんな宗教でも信心する自由があり、全ての宗教を信心しない自由もある日本の方が世界から見れば珍しいのである。


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