夜明け 10


「全くもって理解し難いな。それが日本人の考え方なのか」
「いやいや、これはあくまでも個人的な考えであって、日本人全てのものじゃないさ」


 深くため息をついてみせるミゲルの肩を佐倉は優しく叩いた。
 すると、再び車のドアをノックする音が聞こえた。
 ふたりして咄嗟に身構えながら外を窺うと、先程メディアセンターで佐倉を拒否した若者が渋い顔つきで立っていた。ドアを開けどうしたのかと訊ねると、アスランが呼んでいるとのことだった。


「アスランが食事をと言っている」
「それは有りがたいな。ミゲルはどうする?」


 佐倉はミゲルに声を掛けた。その言葉に若者はもうひとり変な外国人が増えたのかと言いたげに顔を更にしかめて見せた。


「メディアセンターはどんな外国人でも受け入れてくれるのが基本だったはずだがね」


 ミゲルは聞こえよがしに声を大きくして答えた。
 若者は小さく息を吐きながら佐倉に頷いてみせた。そして、車を降りたふたりを誘導しながら彼はおもむろに口を開いた。


「アスランは自分にとって命の恩人だから、彼の客人は自分の客人だと思いたいです。けれど昔、裏切りにあったことがあって。そいつは政府からのスパイで自分の両親を連行していきました。抵抗した兄は酷い暴力を受け大怪我をして、そのせいで衰弱して亡くなり、姉は何処かへ連れていかれて洋服がボロボロの状態で戻ってきました。自分はまだ幼くて状況がわからずただ怯えて泣いてばかりで。アスランはそんな自分に強くなれとあらゆる知識を与えてくれました。感謝してもしきれないくらい素晴らしい人です。だから彼に近づく怪しい人物は排除したいのが本音です」


 たどたどしいが、きれいな発音の英語だった。相当の努力をしたのだと伺い知れるものだ。


「疑えばきりがないこともわかっています。けれど疑わなければ生きてこれなかった。それがこの国の現状だと理解していただきたいです」


 よくよく見れば彼の横顔は驚くほど幼く、肩も首も少年の面影を残していて細く頼りないものだった。受付では気丈に振る舞っていただけなのかもしれないと佐倉は気づいた。


「それでも君は迎えに来てくれたね」
「それは……、アスランに言われたからであって」


 彼は少し言い淀み、唇を噛んだ。彼にはアスランとは別の彼なりの想いがあるのだろう。
 受け入れがたい現実を生きていかなければならない若者の苦悩に、寄り添い共感していくことは難しい。ましてやここは戦場で、生まれてから今まで平和というものを味わったことがない者と、世界でも類を見ないほどの治安の良さを誇る日本に生まれ育った者との間に、本当の理解を求めること事態が間違っているのかもしれない。


 埋めがたい価値観の違いは偏見を生み出し、未知は恐怖を育てる。それは争いの火種のひとつとも言えるだろう。
 どうやったら、近づくことが出来るのだろうか。
 そんなことまで写真の師匠である廣田は教えてはくれなかった。


 佐倉は先を歩く若者の背中に人生の悲哀を感じた。


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