僕に光をくれるひと 1


「この間のオリエント急行殺人事件は面白かっただろう?今度はナイル殺人事件だよ」

 成瀬は朗らかに笑いながら、悠介の手にCDを握らせた。
 成瀬が自分で本を朗読して、録音した音源をCDに焼いたものだ。
 悠介はつるつるしたCDケースの固さを確かめるように、指先で表面を撫でた。

 昔から本が大好きだった悠介に、病院へ慰問に来ていたボランティアグループのひとりが朗読CDを寄越したのが切っ掛けで成瀬と知り合った。
 成瀬は仕事の合間にCDを作っては、悠介を自宅に呼び寄せ手渡ししてくれている。
 自分のためにわざわざ朗読までしてくれる。その特別な感じが堪らなく嬉しかった。
 たとえそれが、悠介に対するボランティアであっても。


 手足をどこにもぶつけずに、部屋の中を自由に歩けるようになるまで1年かかった。
 部屋のどこに何があるのか、誰かの手を煩わさなくても自分で取りに行けるようになるまで、さらに半年。
 ひとりで外へ出れるようになるまで、それから数年かかったけれど。その頃には悲しみも薄れ、見えない現実を受け入れて、ひとり暗闇の中で生きていこうと思ってた。

…貴方と知り合うそれまでは。


 ある日突然発病したそれは、瞬く間に悠介の目から光を奪った。
 当時の医学ではどうすることもできず、両親は名医と呼ばれる人を探しだしては悠介を診て貰ったが解決法は見つからず、度重なる環境の変化に幼い悠介は泣いてばかりで、すっかり人嫌いな青年に成長してしまった。
 それが少しだけ変わり始めたのが、成瀬と出会ってからだ。

 よく通る穏やかな声と温かな雰囲気。肩に触れる厚みのある大きな両手。ふと感じる優しいまなざし。
 傍に近づくと、不思議なぬくもりと懐かしい匂いがするひと。
 今の自分も将来の自分も、何もかもが見えない状態で不安の塊だった自分を、慈しむような声で包みこんでくる彼の優しさを感じた時、悠介は初めて、もう一度目が見えるようになりたいと強く願ったのだ。


 成瀬さんの顔を見たい。
 どんな姿をしているのか確かめたい。
 成瀬さんの目を見て、話がしたい。


 悠介は何度も何度も叶わぬ夢を描いては、ベッドで涙を流していた。
 そんな悠介の願いを、神様が聞いていたのかいないのか。悠介の元に突然の朗報が舞い降りてきた。

 また、光が取り戻せるかもしれないという主治医の声だった。


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