夜明け 7


 車の窓を小さく開けて佐倉はカメラのシャッターを切り続けた。

 大きく身を乗り出して写真を撮りたいと思っても何が起こるかわからないので、車内で身を潜めるようにレンズを外に向ける。
 光に反射したカメラを銃と見間違えた人間から攻撃されることもある。それが勘違いであろうと、全て解った上でのことだろうと、事が起こってしまえば取り返しがつかないのだ。
 ここは戦場なのだと自らに言い聞かせながら静かに対象物を切り取っていく。


 しばらくするとドアを軽くノックする音が聞こえた。
 アスランが戻ってきたのかとドアに顔を向けると、そこには金髪を靡かせたガッチリとした体つきの見知らぬ男がいた。


「開けてくれないか?」


 男は流暢な日本語で話しかけてきた。
 佐倉は驚きつつも少しだけ開けていた窓を全開にして、恐る恐る外に顔を出した。


「日本人だろ?」
「確かにそうだが、君は?」
「私はドイツから来たミゲル・シュタイン。フリージャーナリストだ」
「アユム・サクラ、同じくジャーナリストだ。中で話すか?」
「いいのか、ありがたい」


 窓越しに握手を交わすと、ミゲルは大きな体を素早く車内へ滑り込ませた。


「その様子だと何か収穫があったのか?」


 同じジャーナリストとしての嗅覚が何かを嗅ぎ分けていた。佐倉が早速、水を向けると意を得たりとばかりにミゲルは話し始めた。


「どうにも様子がおかしい。ラスタンがムハバラートに占領されたと言うんだが…」
「それは俺も聞いている。ミゲルはラスタン入りしてどれくらいなんだ?」
「2ヶ月だ。数ヵ月前までラスタンは自由シリア軍が統治したと聞いていたから安心していたんだが、どうにも変なんだ」
「どんな風に?」
「ムハバラートがいるなら街はもっとこうピリピリした空気があるはずなんだが、それがない。それに明らかに政府側の兵士だとわかる奴らがそこらを歩いている。メディアセンターは反政府軍が運営しているのにおかしいだろう。何かが始まる前触れみたいに変に和やかで静かだ」


 確かに言われてみればそうだ。
 メインストリートに人はあまり歩いてはいない。しかしながら、ムハバラートが闊歩している様子もなく、人がいる気配がありながら辺りは静かだ。
 通りに堂々と車を停めて平静に歩いて行ったアスランを強心臓だと思っていたが、どうやら違うらしい。


「何かが起こると言うのか?」
「私はずっとファールーク旅団に同行していたんだが、途中から急に拒否されたんだ。何にもしていないのにな」
「もしかしてムハバラートだと疑われたか」
「ああ、いきなりな。それでホルムで足止めをくってからラスタン入りしたんだ」


 ファールーク旅団はアスラン率いる自由シリア軍よりも古く活動している反政府組織であり、過激な武装集団である。
 同じ反政府組織であっても考え方が少しでも違えば他と相容れることはない。それは古参の組織であるという自負とムスリム原理主義の強さを持っているからだ。


「ファールーク旅団か、こっちは自由シリア軍だが、よく同行できたな。ホルムは最前線だしな」
「ジャーナリスト仲間に凄いのがいて、そいつの紹介でね。アユムはどうやって自由シリア軍に同行出来たんだ?」
「それが、リーダー格のアスランに気に入られて」
「アスラン? リーダー格って、まさかアルスラーン・アリー・ハッダードのことか」


 ミゲルは深い緑色の瞳を見開くと、大袈裟ともいえる程に両腕を広げて驚いて見せた。


「フルネームまでは知らないけど、そのアスランだと思うよ」
「アユム、君は火中の栗を拾うことになるかもしれないぞ」
「火中の栗? ドイツ人のくせに変な日本語知ってるんだな」


 佐倉は日本語を器用に操るドイツ人を横目で見やりながら笑った。後で少しも笑えなくなるとも知らないで。

 一瞬、埃っぽい風が窓から吹き込み二人の目頭を掠めた。突き刺さる鋭い痛みにギュッと目蓋を閉じる。
 その乾いた風は何か良からぬ事を運ぶ前兆ように、ざらざらとした砂埃を車内に撒き散らした。


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