夜明け 6


 しかし、ラスタンにたどり着くまでには、幾つかの検問所らしき場所を通り抜けなければならなかった。


 黒々と光る銃を携えた男達が待ち構える門に差し掛かると、アスランは躊躇することなく車を降り、責任者らしき男に声をかけ、その手に何かを握らせ運転席に戻ってくる。
 すると先程まで渋い顔つきをしていた奴らがにこやかに門を開け通してくれるのだ。賄賂だろうか。命には換えられないものだが、一体そんな資金をどこから調達しているのだろうか。
 何度か繰り返されたやり取りを見ながら、佐倉はそんなことを思った。


 車はすんなりこの街のメインストリートに入っていき、立派な門構えのビルに横付けされた。


「着いたよ」
「ここは?」
「メディアセンターだ」
「…メディアセンター?」
「あらゆる情報が集まる所だ。携帯もパソコンも使える。アユムも外との連絡が取れるぞ」


 アスランは足早に車を降り、小走りにビルの中へ入っていった。佐倉も慌てて後を追いかけた。
 中へ入ると、受付に座っていた快活な雰囲気をした若者がすかさず立ち上がりアスランを笑顔で迎えた。


「こちらにどうぞ」
「守備は?」
「完璧かと」

 早口で交わされたアラビア語は作倉には解らなかった。けれど何か重大なことが起こるのだということは肌で理解できた。
 アスランの後について奥の部屋に通じるドアを通り抜けようとすると、佐倉はその若者にジェスチャーで来るなと指示をされた。


「駄目なのか?」
「アスランはお前を信用しているようだが、私はしていない」
「私はジャーナリストだ」
「ジャーナリストの振りをしているムハバラートの可能性もある」
「ムハバラート? 私が?」
「そうだ」


 ムハバラートとは秘密警察のことである。
 政府直属の治安部隊であり、情け容赦なく政府に逆らう者を処分していく冷徹な集団だ。
 たったひと言でも政府に対する不満や文句を溢しただけで、何処からともなく現れ不満分子を連れ去っていく。そうして帰ってこない人間がどれ程いただろうか。


 まさか自分が疑われることになろうとは、佐倉は夢にも思わなかったが、ここは素直に引き下がったほうが良いと判断をした。
 戸惑う佐倉を庇うかのようにアスランは若者に何か進言をしていたが、佐倉は慌ててアスランに大丈夫だからと伝え、会社と連絡を取ってくるからと一度その場から離れることにした。
 アスランは済まなそうな顔つきをすると、若者と共に奥の部屋に入っていった。


 佐倉は車に戻ると、そこからビルの写真を撮り、続けて街に向けてシャッターを切っていった。無論、周りにはわからないようにだが。
 こういったことはよくある話なのだ。見ず知らずの外国人を信用できないことは当然だろうし、疑われた所を取り成してまで取材してもあまり成果は得られないものだ。
 無償で活動拠点を提供してくれているのに、こんなことでアスランに何かあっては困るし申し訳ない。


 自分は部外者なのだ。
 それを忘れてはならない。


 佐倉はその言葉を刻み付けるかのようにシャッターを切り続けた。


 メインストリートとは言っても今は閑散としている通りには、政府軍の兵士が歩いているのが目に入る。
 数ヵ月前、この通りはムハバラートに占拠され、無用に出歩くことが出来なくなったのだとアスランから聞かされていた。
 そのせいで通りにある病院や食料品店に行くことが出来なくなり、市民は生活に困窮しているのだと。
 文句を言えば殺される。文句を言わなくても死者のような生活だ。


 そんな国の在り方はおかしいだろう?
 だから立ち上がらなくてはならなかったのだと。
 生きていく為に。ごく普通の生活を送る為に。愛する人を守る為に。


 それをテロ行為と言うならば、何が正義なのだろうか。
 佐倉は写真に撮ったアスランの笑顔を思い浮かべていた。
 あの笑顔を守れるものなら守りたい。自然にそう思った。


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