夜明け 5
佐倉が反政府軍の活動拠点に居候するようになってから数日後の朝、シリア中部のラスタンに行くから同行しろと叩き起こされた。
乾ききった固いパンを頬張り、味のしない薄いコーヒーで無理矢理流し込んだ朝食を済ますと、佐倉はカメラを抱えアスラン自らが運転するバンの助手席に乗った。これから色々な物資の調達に行くのだという。
紛争が起こる以前、ラスタンはかつて日本からの政府開発援助により発展していた街である。日系の企業も多くあり、沢山の国々から資金と人材が流入し、これから更なる発展が望めた場所でもあるのだ(今ではその姿も鳴りを潜めてはいるが…)。
その為、国内が混乱する現在でも反政府軍に支援しようとする組織や国、人材などと接触がしやすい。
舗装が甘い道をガタガタと揺られながら、それにしても…と佐倉は思った。
車に乗り込む時に気づいたのだが、何となく見覚えのある形だと感じたのはこの車が日本製だからだった。フロントにあるロゴマークに間違いがなかった。
こんなところで日本の車に乗るとは思わなかったし、彼らが何処から入手したのか気になり訊ねると、普通に業者から買ったと事も無げに答えたのだ。
「日本人からすると変な感じだよ」
「何故そう思う?」
「日本人ってね、自分達が国に納めた税金が、何処の国にどれくらい援助されているかいまいち良くわかっていないんだ。シリアが親日国家だなんてあまり知られてはいないよ」
「それは残念な話だ。アユムが国に帰る時は周りに伝えると良い。シリアは日本に感謝しているとね」
アスランはハンドルを器用に切りながら佐倉を振り返り、深く黒い瞳を優しげに細めて微笑んだ。
一瞬、その男振りに佐倉の胸はドキリと高鳴り、手にしていたカメラを無意識に構えシャッターを切った。
「おい、いきなりか」
「ああ、済まない。あまりにもあなたが……」
「あまりにも、何だ?」
言葉を詰まらせた佐倉をからかうように、アスランは声をあげて笑ってみせた。
そのまま前へ向き直る表情は穏やかで、いきなり写真を撮ってしまったことを怒っている様子はなかった。
(あまりにもあなたが美しかったから)
口に出来なかった言葉は、ゆっくりと佐倉の心の奥底へ沈んでいった。
日本とは違い、送電線で遮られることのない空が頭上に何処までも広がっている。そこかしこに見える木々の緑と真っ直ぐ伸びる道路。埃っぽい風を撒き散らしながら走っていく車。ごく普通に建ち並ぶ家々を横目にしながら、佐倉は自分がここに存在する不思議さを感じていた。
シリアで生きる人々に自由な暮らしをと活動するアスランは素晴らしい男だ。
しかし、立場が違えばこの男は犯罪者、政府にとっては厄介なテロリストでもあるのだ。
テロリストは革命が成功すれば英雄に、失敗すれば戦犯になる。そんな男と行動を共にしていることが今更ながら不可解で、胸の奥からチリチリとした火種がせり上がってくるような心地がした。
そうして、ラスタンの街が見えて来た時、佐倉は気づいたのだ。
自分は今、ひどく興奮しているのだと。
カメラを抱える指先に自然と力が入った。
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