夜明け 3



 暫くして轟音が収まり佐倉を助けた男は戸口から外を窺うと、こちらへこいと手招きをしながら一緒に外へ歩き出した。


 土煙があがり、何となくざわざわと落ち着かない雰囲気の道を屈みながら小走りに通り抜け、そこから程近い立派な屋敷の中へ入っていった。
 その途中、佐倉は自分が来た道を素早く振り返った。その後ろに見えたのは昨日まで確かにそこにあった家の残骸だった。
 小さな子供が出入りしていた記憶があったが無事だっただろうか。後ろ髪を引かれる思いをしながら、佐倉は先へと急ぐ男の後をついていった。


 中へ入るとあまり家具らしいものはないがらんとした部屋に数人の男達がパソコンを操作していた。
 傍らには銃やそれらしき武器の数々が置いてある。
 男達は遠慮がちに入ってきた佐倉を不躾に睨むと男に何か言葉を投げつけたのだが、残念なことにそれはアラビア語で佐倉には理解できなかった。しかしながら、自分があまり歓迎されない存在であることはそこに漂う空気でわかった。


 男は幾つか言葉を返すと佐倉を自分の隣に座るように即した。
 そして、決して大きくはない体をさらに縮める佐倉に温かいコーヒーを差し出した。佐倉は突き刺さる沢山の視線にビクつきながらカップに手を伸ばしコーヒーに口をつけた。
 喉を下りていく熱い液体にため息が出て、自分の体がガチガチに緊張していたことに気づいた。


「落ち着いたか」


 穏やかな口調で問われ、はい、これ凄く美味しいですと答えると、厳しい顔つきをしていた男達の口元に笑みが浮かんだ。どうやらここにいる男達は皆、英語がわかるらしい。


「お前は日本人か」
「はい」
「随分若いようだが…」


 年齢を訊かれて素直に答えると、自分達よりも年上なのかと驚かれた。日本人はその背格好から世界のどこへ行っても若く見られがちだ。
 そして、佐倉をここにつれてきたリーダー格の男はアスランと名乗り、佐倉の名前を訊ねてきた。


「アユムといいます」
「その名前にはどんな意味があるんだ?」
「歩くという意味です。自分の足で自分の人生を歩いていけるようにと父がつけてくれた名前です」
「…良い名前だ。父上に感謝だな」
「自分でもそう思っていますよ」


 佐倉の何を気に入ったのか、それからのアスランは佐倉にここを拠点として活動すると良いと言い、あらゆる便宜を謀ってくれるようになった。
 寝床や食事、自由に写真を撮らせてくれる権利、それだけではなかった。
 戦地での通信手段である携帯電話やパソコン通信は政府軍に情報を傍受される可能性がある為に使用範囲が狭いのだが、アスランはできる限り佐倉が日本に情報を流せるように配慮してくれた。


 それは多分、アスランなりに考えがあってのことだろうと佐倉は感じていた。
 少しでもシリア内地の情勢が諸外国に正確に伝わること。惨状の画像が出回ること。自分達にとって有利な情報を得る為に、言い方は悪いが日本人を泳がせる意味もあったかもしれない。
 日本人にとってシリアは、正直に言ってしまえばよくわからない国のひとつだろう。
 場所も歴史も文化も詳しく知らないのが現状だ。
 それを少しでも伝えることが出来たらと佐倉自身思っていたし、今にして思えばアスランも同じだったのかもしれない。


 ガッシリとした体つきに思慮深い黒い瞳をしていた男だった。
 佐倉よりも年下であることが俄には信じがたかった。佐倉が若く見えるだけでなく、アスラン自身がそれほどに落ち着いた風貌をしていたからだ。


 戦場は人間を老成させてしまう。
 時間に削られたようなアスランの厳しい横顔を見ながら、佐倉は哀しい現実を密かに嘆いた。




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