夜明け 2


 近くで誰かが大きな叫び声をあげた。


 一体何事だと思う間もなく後ろから腕を引っ張られ、家屋に引き摺りこまれた。殺されるのかと手にしていたカメラを腹に抱えつつ身を硬くしたところで爆音が響いた。
 メキメキと何かが軋み割れるような音が耳を掠め、辺り全体が不自然に揺れるのを感じて、佐倉は自分が誰かに助けられたのだと気づいた。


「大丈夫か?」


 流暢な英語が頭上から聞こえてきて、その場に座り込んでいた佐倉は驚きつつ顔をあげた。
 ガッシリとした体つきに白い民族衣装を着けた男が佐倉を見下ろしていた。浅黒い肌に長めの黒髪を白い布に包み、黒い瞳を大きく見開きながら声をかけてくるその姿を認めて、佐倉はホッと胸を撫で下ろした。
 自分の記憶に間違いないなければ、この男はこの地域で活動する青年部隊のリーダーのはずだ。


「ありがとう、…助かった、よ」


 撒き上がる土埃にむせながら佐倉がどうにか声を絞り出すと、男は怒っているのか、心配しているのか良く解らない顔つきで、何でお前みたいな若い奴がこんなところにいるんだと文句を言い始めた。


 今日は朝早くから爆撃の可能性があるとの情報が入り辺りを警戒していたら、若い外人がカメラ片手にふらついてるじゃないか。
 周りに危険が及ぶから放置するわけにもいかず、声を掛けようとしたらこの様だ。無謀にもほどがあるだろう。
 男の言い分は全くごもっともで、佐倉は言い返すことも出来ずにいた。



 戦場には悪魔がいるのだ。


 戦場の状況を逐一報告する為に、各国から沢山のジャーナリストやカメラマンが押し寄せてくる。
 それは政治的な意図を含んだものだけでなく、純粋な正義感や好奇心、スクープをものにしてやろうという野心をたぎらせる輩もいるだろう。
 そして目の前に広がる惨状に心奪われ、大切なことを忘れてしまうのだ。


 ここが戦地だということ。
 自分が死ぬかもしれないということ。


 毎日沢山の人間が死んでいく状況に晒されていると、感覚が麻痺してしまうのだろうか。死ぬかもしれないという緊張感は、いつしか自分は大丈夫、自分だけは死なない可能性もあるという考え方にすり変わっていくのだ。


 ほら、もう一歩前へ行けよ。

 そこで泣いている子供がいるよ。母親が爆撃で死んだんだ。家はメチャクチャに壊れてその前で座り込んで泣いている。母親はもう人間の姿をしていない。単なる肉片になって其処らに散らばっている。

 ほら、撮りなよ。酷い光景じゃないか。

 世界中に発信しろよ。他の誰がこれを撮るんだ? お前しかいないだろう? 大丈夫、爆撃は収まっているから…


 悪魔が何度も耳元で囁く。


 そして信じ込んだ結果、見事に当初の夢と共に散っていく者の何と多いことか。
 沢山のジャーナリストが踏んだ轍を自分もまた繰り返すことになっていたのかと、佐倉は苦々しい思いで体を縮こまらせた。


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