HOPE 2


 しばらく外で待っていたから体がすっかり冷えたと文句を言いつつ、ちゃっかりとコタツに潜り込む達也に夏樹は笑いながら何かあったのかと訊ねた。


「別に大した用はないんだけどさ、お前、ちゃんとご飯たべてんのかなと思ったからさ」


 そう言いながら、達也は手にしていた買い物袋から野菜やら肉やらを取り出した。


「おい、こんなにたくさんどうすんだよ」
「鍋しようぜ、鍋。ひとりじゃさあ、鍋ってつまんないしたくさん食べれないじゃん」
「確かにそうだけどさぁ」
「それにビールも買ってきたからさ」


 得意そうな顔をして、缶ビールを見せてくる達也に夏樹はぷっと吹き出し、仕方ないなといったふうに鍋の用意を始めた。


 野菜を洗い肉も適当に切って、さて味付けはどうしようかと居間で大人しく待っている達也を振り返ると、達也は神妙な顔つきでさっき夏樹が落としたタバコを手に何か考えているようだった。


「達也、味付けはさ、正油でいいか……て、何してんだよ」
「ああ、これさあ」
「お前、勝手に人のコート探ってんじゃねえよ」
「うん、あのさ、これってシュールだよな」
「…シュール?」


 突然、変な言葉を口にした達也に夏樹は思わず同じ言葉を訊き返していた。


「何がシュールなんだよ」
「だってさあ、タバコだろ? はっきり言えばあんまり体には良くないものじゃん。なのに名前がホープだろ。何かさ、可笑しくない?」


 そう言いながら、達也は手のひらでタバコの箱を転がしていた。
 小さな白い箱に大きく浮き上がる青い文字。


 多分…と夏樹は思った。
 多分、このタバコが作られた当時、日本は高度成長期で世の中が希望に満ちていたのだろうと。
 働けば働いただけお金が得られ、あらゆるものが大量に作られ、大量に消費され、未来は明るいと誰もが信じて疑わなかった時代だからこそ生まれた名前なんだろう。
 そこに健康被害がどうのなんて考えはなかっただろうと思った。そして、さらに言葉を続けた。


「それならさ、名前だけ言ったらキャメルなんてどうなるんだよ。キャメルだよ、キャメル、英語だから格好つくけどラクダって意味だからな」
「ラクダ…かあ、何かラクダの味がしそうだな」
「ラクダ味って、何だそれ」
「ケモノっぽい味かな?」

 自分で言いながら首を傾げている達也は放っておくことにして、夏樹は軽快に野菜を切り始めた。
 自然、口元に笑いが溢れていた。


 【HOPE】


 確かに希望もへったくれもない名前だ。
 あいつが好んで吸っていたタバコ。あいつの体も髪もいつもタバコ臭くて、部屋もタバコ臭くて堪らなかった。
 けれどそれがあいつの匂いなんだと思うと甘く感じる時もあった。
 けれど、もう。
 夏樹はふとため息をついた。
 全てはあの日、タバコの煙のように消えてしまったのだ。


 夏樹は軽く頭を横に振ると、思い直したかのように戸棚から鍋を取り出した。
 出し昆布を入れて、具材をきっちりと並べたら上からつゆを注ぎ入れる。
 鍋を待ちきれずにビールを飲み始めてしまった達也が丸まっているコタツのテーブルにカセットコンロを乗せた。
 カチリと火を点けて、クツクツと煮えていく鍋の音に静かに耳を傾けた。


「あのさ」
「うん」
「ありがたいもんだよね、幼馴染みって」
「まあな」


 家族や恋人とは違う距離感で、達也は自分のことを心配してくれていることがわかる。
 夏樹は素直に嬉しかった。


 けれど自分はこれからもきっと、吸うことのないタバコをこっそりと買い続けるに違いないと思った。
 そこに微かな希望すらなかったとしても。


 買うのをやめることは出来ないだろうと思った。


【fin】


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