春の舟 5



 後ろから見た頭の形と体つきが良く似ている。柔らかそうな髪質と、チラリと見えた横顔のラインが写真の人物に重なって見えた…と男は話した。


 自分では叔父とは決して似ていないと思っていたが、他人の目を通すと同じ血が流れていることに気づくのだろうか。頭の形など確かに自分では分からない。初めから似ていないと思っているのだから、余計にそんなことには気づかないだろう。
 多分…と思いながら棗は目の前の男と、写真の右側の男性を見比べた。多分、この人だって自分と父親が似ているなんて普段は思ってもいないだろう。親子なら似ていて当然だが、自分と親の血の繋がりなど常に意識して生活しているわけではないのだから。


「その日記帳、どうされるんですか」


 棗は焦げ茶色の革カバーのついた日記帳を指差した。
 日記帳の真ん中にはぐるりと革バンドが廻してあり、バックル風の鍵が施してあった。


「燃やすつもりです。鍵があるなら中を確かめたいと思っていましたけどね。その写真を見てやめようと思いました」
「この写真で?」
「はい。親子と言えど、やはり父にもプライベートがあるんだと気づきましたから」


 男は日記帳を改めて見つめると、片手でそっと表紙を撫で付けるそぶりをした。そして「あなたが頼まれたという物は…」と言いながら棗が抱えている鞄に目を向けた。


 棗はゆっくりと鞄のジッパーを開けると、中から手のひらに収まる位の小さな箱を取り出した。
 それは薬局などで良く見かける薬瓶の入った箱で、さらにその小さな箱から取り出した瓶には白い塊が入っていた。


「それは…」


 男は言葉を詰まらせた。
 察しのいい男だなと棗は感心しながら、取り出した瓶を陽に透かして見るように頭より高く持ち上げてみせた。


「それはご遺骨ですね」


 男の言葉に頷きながら、棗は小さな瓶を軽く振ってみせた。
 白い遺骨がガラスにぶつかりコツコツと固い音をたてる。けれど音と共に白い塊は少しづつ砕け、辛うじて保っていた形をなくしていくのが目に見えてわかった。


 脆いものだ。


 生きている時は温かな血肉に包まれて固く頑丈であったものが、一度火に煽られただけでこんなにも脆く儚く崩れていくのだ。
 元々、あまり丈夫ではなかった叔父を体現するかのように、ガラス瓶の中でもろもろと崩れていく骨は美しくもあり、哀しげでもあった。


「ああ、そうか。散骨を望まれたんですね」


 男は合点がいったように呟いた。
 棗はすっかり粉状になった骨を確認すると、ゆっくりと蓋を回し開け、中を覗き込み、おもむろに人差し指を瓶に差し入れた。
 そして丹念に骨をかき回し、塊があれば指先で潰していった。
 カサカサに乾いた粉の感触と、塊を潰した時の「ぐずっ」と崩れる感触が棗の胸に何とも言えない疼きのようなものを覚えさせた。


 叔父は幸せだったのだろうか?


 唐突にそんな言葉が棗の頭を過った。
 そして気づけば見開いた両目から涙がポロポロと零れ落ちていた。




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