Chibi 6


 川上はゆっくりと体を起こすと、ベッドを占領している繭玉を見下ろした。


 そして、右手でそっと表面を撫でてから顔を近づけ、柔らかくふかふかしたソレに耳を寄せた。
 微かだが、トクン、トクン…と鼓動が聴こえてくる。小さいけれどしっかりしたその音に、コレは間違いなくチビなのだと川上は確信した。


 何故?
 どうして?
 こんな姿に。


 疑問は尽きなかったが、真っ白で巨大な繭玉が目の前にあるのは紛れもない事実であり、そこにある体温も手触りも毎日感じていたチビのものであることに相違はなかった。
 川上は再びベッドに横になると、巨大な繭玉をギュッと抱きしめ目を閉じた。


 人間という奴は面白いものだ。


 自分の想像を遥かに越える出来事が起こると、驚きや悲しみや苦しみなど忘れ、目の前にある事実のみを冷静に判断しようとするのだ。
 傍目には呆然自失に見えるかもしれないが、本人の頭の中ではあらゆる情報が飛び交い、高速処理されているのである。
 巨大な繭玉など、普段の感覚からすれば気持ち悪く不気味なものと思うだろう。
 しかしコレはチビなのだと確信した瞬間、川上にとっては愛しいものに変わりはなかった。


 その日は幸運と言うべきか、川上は仕事が休みだった。
 日がな1日、チビを抱きしめ、不思議な弾力を持った繭玉の表面を優しく撫で続けた。そして夜になり、ふと、チビを可愛がっていたバーのママを思い出した。
 信じて貰えるかどうかはわからないけれど、ママにはこの状況を話したほうがいいんじゃないだろうかと思ったからだ。チビを助け、誰よりもチビを可愛がっていたママなら、きっと何か打開策を考えてくれるかもしれない。
 昼間、繭玉を置いたまま仕事へ行って、その間何かあったらと気が気ではなかった。


 川上は適当な洋服に着替えると、ジャンバーを片手に部屋を飛び出した。ドアを閉める時、川上は部屋を振り返り、確かにそこに繭玉があることを確認した。そして一度寝室に戻り、繭玉に布団を掛けた。
 部屋に帰ってきた時、チビがいなくなっていたら困ると思いながら。自分が戻ってくるまでどこへも行くなよと願いながら、きっちりと布団を掛け、手のひらでぽんぽんと軽く布団をはたいた。


 それはチビが眠りに落ちる時、薄く小さな背中を優しくあやしていた仕草と全く同じだった。


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