Chibi 4


 そうして、チビは川上の家に来ることになった。


 事情を話した時、一瞬チビは不思議そうな顔をしてみせたものの、そのあとは小さく頷いて川上に付き従った。
 手荷物などほとんどない状態で、川上はチビの為に身の回りのものを揃え、靴や洋服を買い与えた。今までどこでどんな暮らしをしていたのか、自分のことをあまり語らないチビの素性は多少気になったが、それ以上に川上はいま自分のそばにチビがいることが嬉しかった。


 夜の仕事よりも昼の方が安心できるからと、知り合いに口を利いて貰いショップ店員のアルバイトを始めさせ、昼と夜が逆転した生活を変えていった。チビは文句ひとつ言わず、川上の提案を素直に受けていた。
 いずれは…と川上はひとりごちた。
 いずれはチビの素性を調べなければならない時が来るだろう。これから先もずっと一緒に暮らしていこうとするならば、社会人として責任ある行動をとらなければならないと。
 でもそれまでは、この甘ったるいママゴトみたいな生活をしていたいとも思った。


 川上は幸せだった。


 何の警戒心もなく、自分の部屋の、自分のベッドに、チビが眠っているのだ。
 可愛くて可愛くて仕方なかった存在がすぐそばにいて、一緒の時間を過ごし、自分に笑いかけくれる。


 1日の始まりには「おはよう」と声をかけ、1日の終わりには「おやすみ」と囁く。ごく当たり前の、ごく普通の暮らしの中にあるささやかな幸せ。自分以外の誰かと暮らす暖かさ。
 「おかえりなさい」の声は、独りぼっちだった空間を色鮮やかに染める魔法の呪文のように聞こえたほどだ。そんな当たり前のやりとりを川上はずっと味わっていなかったのだ。


 川上は毎日チビの柔らかい髪をそっと撫でる。
 昨夜はしばらくの間、胸元でゴソゴソと動いていたが、安心したのか目を閉じて再び眠りへと落ちていく姿に愛おしさを感じた。
 小さな頭と細い手足を無防備に投げ出すチビに、川上は誰かの為に生きることの幸せを噛みしめていた。


 川上は本当に幸せだった。
 しかし、それは思いもよらぬ形で壊れることになった。


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