Chibi 2


 次の日の朝、川上はチビ為に朝食を用意して、まだ起きる気配のないチビに声を掛けずに出勤した。


 川上は見てくれのいい男だった。

 特に運動らしいこともしていないのに体には適度な筋肉がついていて、ある程度の年をとっているにもかかわらず腹も出ていない。
 穏やかな笑顔に、ごく普通のスーツさえ綺麗に着こなしてしまう姿に秘かに憧れている社員も少なくないのだ。
 その人あたりの良さに営業部へ移動させられそうになったこともあるが、当の本人はパソコンを前にシステムを組み上げているほうが性に合っていると主張して内勤に納まっている。


 的確な仕事をこなし、いつも穏やかに笑みを称えている彼を悪く言う人間はいないだろう。しかし、それは会社での彼しか知らないからだ。彼の本当の姿を知ったら距離を取る人間も出てくるだろう。


 ある程度のところまで仕事を仕上げ帰り支度を済ませると、川上は同僚の誘いを断りある場所へ向かっていた。
 会社の誰にも知られたくない場所。それは新宿にある小さなバーだ。
 東京に出てきたばかりのチビと初めて出会った大切な場所だった。


 一般の人間なら不用意に近づかない二丁目の奥まった所にあるこじんまりとしたバーは、川上にとって普段の仮面を脱ぎ捨てられる唯一の場所だ。
 薄暗い店内には男性客しかおらず、それぞれが好き勝手に飲んでいたり、気に入った相手がいたなら声をかけてそのまま外へ出ていく手合いもいる。
 そこはいわゆるそういった相手を探す場所でもあるのだが、川上はカウンターの隅で店のママとくだらない話に興じるのが好きだった。


 細身の体に薄い絹のシャツをはおり、平たい胸を大胆に晒したママが川上のオーダーしたブラックルシアンを手早く作り目の前にグラスを滑らせた。
 川上は目線までグラスを持ち上げると、ママに微笑みかけてからグラスに口をつけた。
 丸くカットされた氷がカラカランと軽やかな音をたてた。


「ねえ、川上さん。チビは元気にしてるの?」
「今日は家で寝てますよ」
「やだ、無理させたの?」
「あのねえ、なんでもそっちに持っていかないでくれるかな」
「…だって川上さん、強そうなんだもの」


 ママは顔を赤らめると、チラリと川上の胸元から下半身に視線を動かしてみせた。


「ママ、欲求不満とか」
「いやあねえ、あたしは普通にチビが心配なだけよ。あの子、あたしが拾った頃から体ひょろひょろで体力ないんだもの。ちゃんと食べてるのかしらって」
「あいつ、少食だから」
「そうなのよねえ、あたしの家にいた時もあんまり食べないから心配になっちゃって」


 ママは腹を痛めた我が子を心配するかのように話し続けた。


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