紙魚 -shimi-


 貴方に愛して貰おうなんて、そんな不遜なこと考えたこともありません。
 嫌われるか、侮蔑されるか、或いはコソコソと噂をたてられるか…全ては覚悟の上のこと。
 けれど貴方はそんなことしないですよね。そんなことをする人なら好きになりませんよ。
 貴方はキツそうな見た目と違って、本当はとても優しくて臆病だから。

「え…いま何て言ったの?」
「だから、貴方を好きだと言ってるんです」

 分厚い本に顔を付き合わせたまま、こちらをチラリとも見ないで聞き返してきたから、少しばかり言葉がキツくなりましたがね。
 ゆっくりと顔をあげて、初めてその言葉を耳にしたような、ちょっと間抜けな表情でこちらを見る貴方は、やはり誰よりも可愛くて美しい。

「冗談だろう?」
「いえ、かなり本気ですが」

 眉根を寄せて、しばらく考えるような素振りをした後、貴方ははっきりとボクに向かって言いました。

「本気ならば尚更だ。キミを嫌いではないが、そういう風には見れないよ…悪いけど」
「そうですか。でもボクは貴方が好きなので、このまま好きでいさせてください」

 ボクはそれだけ告げると一礼して研究室を後にした。
 今頃、貴方は本を閉じてため息をついていることでしょう。
 はっきりとした言葉とは裏腹な優しさ故に、ボクを酷く傷つけてしまったのではないかと。そして、これからどんな風に接したら良いのかと思い悩むであろう貴方を、誰よりも愛しています。

 ボクは狡い人間だから、想いを告げたまま貴方を放置しますよ。
 出勤途中で出会えば朗らかにおはようと挨拶します。
 研究所の廊下ですれ違えばお疲れ様と声をかけます。
 お昼ご飯はご一緒して、昼下がりには差し入れでもしましょうか。

 貴方はきっとボクの顔を見る度にぎこちなく笑顔を作るでしょうし、声を聞けば身体をビクリとさせてボクを警戒するでしょうね。

 それで良いんですよ。
 そうやって常にボクを意識してください。

 真っ白で清潔な研究室の中で、
 冷たく白い頬をした貴方の、
 研究以外、何も知らない心に、
 ひと雫、落とす毒。

 怯えてくださいね。
 震えてくださいね。

 貴方の心に落としたどす黒いまでの想いは、目に見えない小さな虫になって貴方の心を毎夜這い回ることでしょう。
 きっと貴方はイライラして眠れない夜を過ごすことになるのでしょうね。
 その、優しさ故に。

 そう思うだけでボクの胸は幸福感でいっぱいになります。

 貴方を愛していますよ。
 だから、ボクのことを好きにはならないでください。
 誰にも話せない悩みの種でいさせてください。

 いつしかその種が芽吹いて貴方を喰い破る日が来たら、その時こそどうぞボクを大嫌いになってくださいね。


【Fin】


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