星降るいつかの夜のこと 9


 青は一瞬、言葉に詰まった。


「それは帰省じゃなくて、完全に帰ってしまうってことなの?」
「…よくわからないんですけど。田舎のお兄さん、具合が悪くて……跡継ぎがいないからどうのって」
「それじゃあ、まだ帰えるかどうかなんてわからないでしょう?」
「でも、でも、今すぐじゃなくても田舎に戻る可能性は高いですよ。お兄さん以外はみんな女姉妹ばかりだって言ってましたし、お兄さんに何かあったら…」
「誠人くん、縁起でもないこと言うもんじゃないよ。あのさ、原さん、今日はお店に来るの?」
「わかりません。何回か電話入れてみたんですけど出ないんです」


 青は自分も原に連絡入れてみるからと電話を切った。
 初めから原に電話すれば良いものの、ポワソンに電話をしたのはどこか後ろめたいような、変な遠慮をしてしまいそうな自分が嫌だったからだ。
 けれどもし、本当に原が田舎に帰ってしまうというならば、自分の気持ちなどちっぽけなものに過ぎない。
 原が病気を抱えながらも懸命に生きているなら、変な気遣いや遠慮は反対に対して失礼になるだろう。


 数回の呼び出し音の後、留守番電話に切り替わった。青はメッセージを録音しようとして「原さん? 青です」と呟いた後、何て言ったらいいのかわからなくなり言葉が出なかった。
 数秒間黙りこみ「…また電話します」とどうにか口にして電話を切った。
 そして何か思い当たったように今度は別の電話番号を呼び出し、ひと言ふた言、言葉を交わした。それから携帯を胸ポケットに突っ込むと、椅子に掛けてあったジャケットを掴み、履きなれたローファーに足先を引っ掛けて慌てたように部屋を後にした。

 向かう先は新宿駅だ。


 それから1時間後、青は長野行きの特急あずさに乗っていた。原の田舎である飯田市へ行こうとしていた。
 列車に乗る前に原の会社へ電話を入れると、原は有給を取って田舎へ帰っているとのことだった。
 別に原を追いかけて飯田まで行く必要はないとわかっている。完全に田舎へ帰ることになっても、一度は必ず東京へ戻ってくるのだから待っていれば顔を合わすことは出来るのだ。


 けれど、今すぐ行かなければと青は思った。
 ほんの数時間しか離れていない東京と長野の距離がもどかしかった。
 窓辺に流れる街は少しずつビル群から緑が豊かに広がる風景に変わっていった。東京に生まれ育った青の目にはあまり見たことのない風景が映っていた。
 小さな工場地帯を抜けると広々とした田んぼが見え、さらにそこを抜けると山が見えてきた。住宅地は少なく広がるのは果物畑ばかりで、鬱蒼とした林の中にぽつんと目的の駅があった。


 初めて降りる駅は人も疎らで、改札を抜けると駅前にはお土産屋さんの入った小さなビルと、食事を提供するお店がいくつかあるだけで閑散としていた。
 原の家はまだまだここから街の中心部へ入った地域にあった。
 青はタクシーを拾うと、原から貰った名刺を取り出し運転手に住所を伝えた。ここから更に1時間くらいかかる距離だと言われたが、青は小さく頷いてお願いしますと頭を下げた。
 道の途中、運転手に東京の人かと訊かれ、どうしてわかるのかと答えると「お兄さん、その格好だもの。夜は寒いよ」と笑われてしまった。


 長野は夏でも夜は涼しく、秋になれば寒いほどだ。
薄手のジャケット1枚、羽織っただけの青は寒々しく見えたのかもしれなかった。


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