星降るいつかの夜のこと 7


「原さんってさぁ、むか〜し京都の料亭で修行してたのって聞いてる?」
「…聞いてますけど」


 ニヤつきながら話す男をカウンターの中から伺っていた誠人が何か言いたそうに青に視線を投げたが、青は口元だけで笑い、大丈夫だからの意味を込めて小さく頷いてみせた。


「それじゃあ、原さんが料亭に居られなくなった理由、知ってる? 追い出された訳じゃないけど居られなくなった理由があるんだよねぇ」
「別に自分には関係ないですよ。過去に何があったのか知りませんけど、本人がいないところで色々言うのってフェアじゃないですよ」
「…そ〜かなぁ〜。だって、仲良くしていきたいんでしょう、原さんと。お節介かもしれないけどねぇ、これから先のことも考えると色々と言いたくなっちゃうんだよねぇ〜」
「先のことなんて、それこそ他人には関係ないでしょう」


 イライラしながら青が言葉を返すと、何かに気づいたのか男は大きく頷きながら目の前のカクテルを煽ると、もう一杯お願いと誠人の前にグラスを差し出した。


「そっかぁ、仲良くなったと思ってたけど、まだなんだぁ」
「まだって何がですか」
「まだ、そこまでは仲良くはなってないってことでしょ」
「そこまで…って……」


 青は一瞬、首を傾げながら言葉を切ったが、すぐさま「そこまでは仲良くなっていない」の意味に気づき、顔を赤らめ反論した。


「あの、原さんとはそんなんじゃないですよ。あなたに言い訳する必要もないですけど…原さんは友達ですよ。下世話な物言いはやめて欲しいですね」
「あ〜ら、原さん、かわいそー」
「…?」
「君さぁ、ここが新宿だってわかってるのかなぁ。マスターがそっちの人なんだからさ、そういう人たちが来てるのだって知ってるでしょ。原さんがそうかもしれないとは思わないんだねぇ」
「そんな話は聞いてません。それよりもそうやって他人のことベラベラ話してるあなたの方が問題でしょう。原さんがもしそうだとしてもあなたが言うことじゃない」
「優しいねぇ」
「っ、…いい加減に」


 怒りに立ち上がりかけた青を誠人が慌ててなだめ、ベラベラと話し続ける男に「もうこれ以上のお話は控えて戴きたい」と丁寧に頭を下げ、お帰り戴くことになった。
 ぶつくさと文句を言いながら帰っていく男の口から聞こえてきた言葉を、青は頭からすぐに消そうとしたが叶わなかった。


「ホントに何にも知らないんだねぇ、君は。原さんってさ、病気持ちなんだよねぇ。死にはしないけどさ、治らないんだよねえ、その病気。いつもワイシャツとネクタイしてるの不思議じゃなかった? あれ、隠してるんだよねぇ。肌、出せないの。見せられないくらい酷いんだよねぇ〜。原さんのせいじゃないけどさ、あれは可哀想。いっつもあれのせいで恋愛が上手くいかないって知ってるからさぁ〜。君は知ってるのかと思っただけだから、他意はないからさぁ」


 静かに笑う原の顔が青の脳裏に浮かんだ。
 重い病気を抱えているようには見えない笑顔だ。
 青は携帯で時刻を確認した。もう少ししたら原が来店するだろう。けれど、今日はもういつものような穏やかな気持ちで原を待つことは出来ないと思った。


 青は携帯を閉じると誠人にお会計をお願いした。
 「青さん」と誠人が心配そうに声をかけてきたが、にこりと笑い返して席を立った。
 このまま原と顔を合わせたら余計なことを言ってしまうような気がする。青は素早く会計を済ますと、一段と重く感じるドアを開けてエレベーターに向かった。


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