星降るいつかの夜のこと 6


 そんなことがあってから、青は平日ではなく土曜日にポワソンへ行くようになった。

 思いの外、原という男と話が合ったことと、彼がひょろりとした体型でおとなしそうに思える外見とは裏腹に、意外に力持ちで明るい笑顔を見せることに魅力を感じたからだ。
 よくよく考えてみれば、料理人は体力がなければ勤まらない仕事だ。何時間も立ちっぱなしで、重い鍋やフライパンを使うのだから自然に腕は太くなるだろうし、足腰も強くなければケガをしてしまうような場所で働いているのだ。
 そんなことすらすぐに気づけない自分はやはり食わず嫌いで視野が狭く、コミュニケーション下手であると認められるようになったことが、青にとって大きな利益になった。


 原は楽しい男だった。
 大して背は高くなく、骨が浮くほど細いわけでもなく、顔は特別変わったところもなく、短めに切り揃えた黒髪に銀フレームの眼鏡をかけている。
 話し方は穏やかで、お酒の飲み方も慌てず騒がず、ダラダラと長居することもなく、代金はツケをすることもなくきっちり払う、所謂「きれいな飲み方」の典型のような人間だ。
 しかしひと度、口を開けば、ありとあらゆる知識が薄い唇から溢れ出てくることに驚く。どこにでもいそうな地味な雰囲気と、何故かいつもワイシャツとネクタイという服装のせいなのか、決して快活には見えない原のその落差に、青は自分でも気づかぬうちにすっかり心を開いてしまっていた。


 いつの間に仲良くなったんだと、松村に揶揄されるようになってから随分と月日が経ち、季節は蒸し暑い夏を過ぎて爽やかな秋を迎える頃になっていた。
 そんなある日の土曜日のこと。
 企業の決算期を控え、目まぐるしい日々を過ごしていた青は、仕事が一段落したところで久々にポワソンへと足を運んだ。
 西日がゆったりと街中のビルをオレンジ色に染める時刻。いつもよりは多少早い時間帯だったが、のんびりとグラスを傾けながら時間を過ごすのも悪くない。そう思いながらポワソンのドアを押し開けた。


 いつもと変わりなく誠人の挨拶を受けてから、いつもと変わりなくカウンター席に腰を下ろした。
 原はまだ来ておらず、カウンターの右端にあまり見かけたことのない男性客がいた。
 その男はチラリと横目で青を見ると、何か言いたげな仕草をしながら、誠人にコソコソと耳打ちをしていた。
 何だか嫌な雰囲気の奴だなと思いながら、誠人にドリンクオーダーをしていると、その男はカウンターに肘をついたまま体を青の方へ向けてやおら言葉を投げてきた。


「ねえ、君さぁ、原さんと仲良いんだよねぇ」
「…はぁ、最近ですけどね」


 青よりもやや年上に見える男は、馴れ馴れしくベタベタした言葉で話し始めた。


「俺さぁ、あの人のご近所さんなんだけどさぁ〜、君さ、最近仲良くなったってことは、あんまり原さんのこと知らないでしょう?」
「…それが、何か?」
「やっぱりねぇ〜」
「…やっぱりって、何ですか?」

 ニヤニヤしながら語尾を伸ばす話し方に、青は釈然としない悪意を感じていた。何も知らないからといって、それが何だというのだろうか。
 お互いのプライベートなど飲み屋で細かく話す必要を感じないし、飲んでいる時は楽しく過ごせればそれで良いと青は思っている。
 もし、お店を離れた付き合いになるのなら、それは当事者同士のことで外野から何か言われる筋合いなどないものだ。
 ひとを小バカにしたような、にやけた顔つきで話しかけてくるこの男は、一体何が言いたいのだろうか。


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