星降るいつかの夜のこと 5


「ほら、青くん。あ〜んして」


 したり顔をした上司を思い出して俯いていると、いつの間にやら松村の手が口元に迫っていた。仕方なく青は口をあけてカレーの乗ったバケットにかぶり付いた。
 舌の上でトロリとカレーが溶けた。長時間煮込まれたであろう野菜の甘味と、肉から溶け出した旨味が口いっぱいに広がり、後からバケットの香ばしさとスパイスの辛さが来て鼻から抜けていった。


「うわ、ウマッ」
「でしょう? 食わず嫌いは人生の半分を損するんだよ。どうしても食べれないなら仕方ないけど、薦められたら有り難く戴くってのもいいもんよ」


 松村は青がかじったバケットにカレーをつけて自分の口へ運んだ。
 「美味しいねぇ」と呟いた後、他のお客に聞こえる位大きな声をあげて「青くんと間接キスしちゃったぁー」と騒いでみせた。


「マスター、俺ともするかぁ」
「ごめん、若い子限定だから」
「なんだよ、ひっでぇなあ。俺、仮にも客よ?」
「ああ、諦めなくても大丈夫。きっと偉い科学者がタイムマシンを作ってくれるはずだから。それまで頑張って長生きしなさい」
「何年後の話だよ…てか、そんなもん作れんのかよ」


 カウンターに座るサラリーマン風の男性客と松村のやりとりを伺っていると、ずっと立っていた原が隣の席に腰を下ろした。
 すかさず誠人がロイヤルハウスホールドのボトルを棚から下ろし、手際よく水割りを作り原に差し出した。


「随分と高価なウイスキー飲んでるんですね」
「ああ、確かに。でも毎日飲むわけじゃないし、外で飲むんならそれなりのものの方がいいなあって」


 ロイヤルハウスホールドは英国王室御用達で有名なウイスキーだ。原は左手でグラスを持つと、乾杯しましょうと言って青のグラスに軽くあててきた。
 カチンと固い音がして、グラスの中で氷がカラカラと動いた。悪くない音だった。


 それからしばらく、二人はカレーをツマミにしながら酒談義に興じた。
 ウイスキーにはレーズンバターが合うとか、ブランデーにはチョコレートだとか、意外に和菓子も捨てがたいなどと、口を開けば開くほど二人の言葉は滑らかになっていった。
 そうして話が酒のツマミから自分達の出身地へと移る頃、時計の針は12時を回り、気づけば周りの客は誰ひとり居らず自分達だけになっていた。


「へえ、マスターも長野出身だったなんて知りませんでした」
「そう、それが嬉しくてここに通うようになったんですよ」
「長野って星がよく見えるって…」
「野辺山観測所があるくらいですから。土地が高い位置にあるから空気が綺麗で星がよく見えますよ。ぜひ一度、青くんも長野に来てみるといい」


 おとなしそうに見えた原はお酒が入ると一気に気さくな雰囲気に変わり、気難しい青もすっかり心を許してしまうくらい明るく饒舌になった。
 そんな二人の邪魔にならないように、誠人は合いの手を入れながらお酒を薦め、松村はマイペースにじゃれついて皆を笑わせた。


 やがて白々と夜が明けて閉店の時刻になった。
 各々が家路に向かう頃、思いがけず充実した時間をすごした青は、確かに食わず嫌いは人生の半分を損するのかもしれないと思っていた。
 浴びるほどお酒を飲んだはずなのに、その足どりは思いのほか軽かった。


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