星降るいつかの夜のこと 3


 目の前に置かれた細長いコリンズグラスの縁を指先で持ち上げる。肘はカウンターに付いたままで口元まで持っていく。炭酸の弾ける感じとライムの甘酸っぱさが喉を潤していく。
 だらしない飲み方だ、と自分でも思う。でも何故かグラスの下を持つよりも、こうしたほうが旨いと感じる。縁を持ったままグラスの底を回す。グラスの中の氷がクルクルと動いて照明の光を反射して綺麗だった。


 カウンター席には青ともうひとりの男性客。後ろに五つあるボックス席には、カップルが二組と会社帰りらしいOLとサラリーマンのグループ。今日が平日の水曜日のせいなのかいつもよりは静かな店内だ。
 しばらくの間、青がぼんやりと氷を見つめていると、賑やかな声と共にドアが開いてこの店のオーナーである松村が顔を覗かせた。
 快活そうな笑い声と、うっすらと日に焼けた肌に似合う白のTシャツ。長身でがっちりとした体つきの松村が店内に入ると、店の空気が一気に明るくなるのがわかった。


 松村に気づいたお客が小さく手を振ると、彼は大げさに両手をあげながら近づいていき、いらっしゃいと声をかけながらハグをした。
 女性客が私もと騒ぎ、次々とハグをして回るはめになった松村を青は横目で見ながら、こっちには来るなよと牽制していたのだが。「青く〜ん」という猫なで声と共に背中に抱きつかれて、太くたくましい腕に抱かれる形になった。


「お久しぶりだね」
「どーも」
「冷たいなぁ、青くんは」
「暑いんですからくっつかないでくださいよ」
「やっぱり女の子よりも若い男の子がいいね……って、青くん、少し痩せた?」
「どこ触ってんですか」
「ん〜」


 肩に回されていたはずの手がスルスルと下へ動き、太ももからあらぬ所へ移動しようとするのを、青は腰を捻って防御した。


「減るもんじゃないでしょうに」
「いや減る。何かが確実に減る」


 そんな挨拶代わりのやり取りをしていると、カウンターの隅に所在なさげに立っている男性客が目に入った。松村と一緒に店内へ入ってきたらしいが、手には大きな鍋を抱えている。


「ねぇ、あのひと、放っておいていいの?」
「ん?…あ、原ちゃん、ごめんごめん。つい夢中になっちゃって。厨房に入っていいよ」


 原ちゃんと呼ばれた男性はにこりと笑うと、嬉しそうに鍋を抱え直し厨房へ入っていった。
 見たことのないひとだった。


「あのひと、初めて見るんだけど」
「原ちゃんは土曜日の男だから。青くんは会ったことなかったか」
「あのひと、何?」
「何って?」
「Yシャツにネクタイしてるけどさ、サラリーマンじゃないよね」


 細身の体にぴったりとしたYシャツとネクタイを締め、スラックスに革靴を履いているから会社員に見えるのだが、纏う空気がどうもにもそれとは違かった。
 会社員にありがちな決まりきった形ではなく、もう少し自由な感じだ。


「よくわかったね。彼は板前です」
「板前?」
「そ、料理するひと」
「板前が何でYシャツにネクタイしてんだ? しかも長袖で。暑くないのかな」
「さあ…ねぇ、」


 背中に松村をくっつけたまま、青はカウンター奥にある厨房からチラチラ動いて見える原の背中を怪訝そうに見つめていた。


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