星降るいつかの夜のこと 1


 マンションの鍵と財布をお尻のポケットに突っ込む。
 携帯はいつでも出れるように胸ポケットに。
 あとは特に持つものもないと、青(アオイ)は履きなれたローファーに素足を入れると、夏の熱気が漂う夜の街へ繰りだした。


 Webデザインの仕事を個人で請け負うようになってから5年。売上げは男ひとり暮らしていくには充分なほどだ。
 会社組織に属していた頃には、どうしても断れなかった付き合いや、全く仕事の出来ない部下の面倒など、人付き合いの苦手なところがある青にとっては耐えがたいことが多かった。
 その点、今は気持ちが楽だ。マイペースで仕事ができる。他人に煩わしい思いをされることもない。


 ただ、毎日の独り仕事にたまに誰かと会話をしたくなって、ふらりと呑み屋へ足を運ぶ。
 女性のいる店も嫌いではないが、売り上げのために懸命に接客されると途端に白けてしまう。
 店の女性が悪いわけではない。体を擦り寄せてきたり、手を握ったりは接客の方法だとわかっている。
 わかってしまうからこそ、青は上手く遊ぶことが出来ない。


 適当な距離で、適当に放っておいてくれる、けれど寂しくない程度には相手をしてくれる…そんな店がいい。
 青はすっかり伸びてしまった後ろ髪を面倒臭そうにゴムでひと纏めにしながら、随分前にクライアントが連れてきてくれ、今ではすっかり常連となった店へと足を向けていた。


 ネオンが瞬くきらびやかな駅前から、少しだけ離れた雑居ビルが建ち並ぶ辺り。
 夏の始まりに気分が盛り上がるのか、騒がしい若者たちの一団が目に入る。
 大学生だろうか。賑やかな会話の中に、ゼミとか、合コンとか、先輩という言葉が切れぎれに聞こえてくる。
 かつては自分もあの中にいたんだな…と懐かしい想いに浸りながら、その横をすり抜けていく。
 東京に生まれ育って30年が過ぎた。
 結婚はしないのかと口うるさく電話してきた母親も最近では何も言わなくなった。反応の薄い青に諦めたわけではなく二歳上の姉に子供が生まれたからだ。今はそちらに夢中で電話してこないだけで、その後の反動が怖い。


 青は目的のビルの前でため息をついた。
 まとわりつく湿った空気から早く逃れたかった。
 そして、近くにいた女性からチラリと向けられた熱い視線にも気づかず、タイミングよく降りてきたエレベーターに足早に乗り込んだ。


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