血と骨 3


 そしてその夜、浩二はそのまま高志の実家に泊まることになった。
 先にお湯を戴いて、高志が着ていた浴衣を借りて寝床に入ると、浩二は思いのほか自分が緊張していて、酷く疲れていたことに気づいた。

 とんでもないものを飲んでしまった。けれど、身体の奥底は歓喜している。そう思った。
 そして疲れを纏った心と身体はすぐに眠りへと落ちていった。


 どれくらいの時間が過ぎた頃だろうか。浩二はふと何かの気配を感じて目を覚ました。
 サラサラと衣擦れの音がして、何かが自分の布団の上にのし掛かっているような重さがあった。

 ふわりと目蓋を開いて辺りを伺うと、暗闇の中に白い影が浮かんでいるのが見えた。
 それは浩二の腰の辺りに馬乗りになった人の影だった。

「…誰だ、お前は」

 夜目の効かない暗闇で、浩二は掠れた声を上げた。

 人影はそろそろと手を伸ばすと、浩二の頬に触れ、愛しげに撫で擦ってくる。
 その触り方に覚えがあった。
 誰よりも愛してやまない相手の指先を忘れるはずなどなかった。

「…高志か?」

 浩二の声に、白い影がユラリと揺れて笑ったように見えた。
 浩二は布団から両腕を伸ばして、その影を掴まえようとした。
 霞のように掴めないと思った影は、意外にも手のひらにしっかりとした感触を味あわせ、浩二は性急に両腕を細い腰に回しギュッと抱き締め引き寄せた。

「高志、高志、高志…」

 確かな感触があった。
 細いけれど、しっかりとした骨格と肌の滑らかさを感じた。
 浩二は犬のように鼻を擦り寄せ、胸元で高志の匂いを嗅いだ。

 高志はクスクスと笑いながら、浩二の髪を細い指先で優しく鋤いている。
 浩二はその感触にうっとりしながら、腰に回した腕を離して、大きな手のひらで高志の背中を、腕を、脇腹を、胸を、腰を、余すところ撫で回した。
 高志の息遣いが荒くなってユラユラと揺れ始めると、浩二は身体を起こして高志を布団に引き摺り込んだ。

 あとはもう夢中だった。
 飢えて飢えて渇ききった浩二に、高志の身体は甘い毒を満たしていった。
 その白い影が自分に逢いに来てくれた高志の魂だと信じて疑わなかった。
 浩二はほんの一時でも、愛する高志をかき抱くことが出来て幸せだと思っていた。


 次の日の朝。
 浩二はだるい身体を抱えながら、昨晩の情事は夢ではなかったと確信した。
 着替えを済ませ、雪子と母親に挨拶にいくと、雪子は心労からなのか体調を崩し床に臥せっていると母親から聞かされた。
 だから、今日は申し訳ないけれど私ひとりで駅までお送り致しますと挨拶され、昨日来た時と同じように黒塗りの車に乗せられた。

 駅に着くと、今度は四十九日の法要に来てくださいと頭を下げられた。
 勿論ですよと答えると、母親は目を細めて言葉を続けた。

「また、高志に逢いに来てくださいね。高志の命を次に繋げる為にも」

 まるで昨夜のことを知っているかのような口ぶりに、浩二は一瞬ドキリとしたが、気づかれないように笑顔を作りながら「わかりました」と言葉を返した。

 今度来た時も、また高志に逢えるだろうか?
 そんなことを思いながら。
 浩二は母親に恭しく頭を下げた。


【Fin】


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