白獣色窯変 10


 広く白い空間に敷かれた緋毛氈が目に痛いほどだった。

 特別に運び入れた什器に白い布をかけて、静かに器を並べていく係員を見ながら、沸き上がる高揚感に鼻息を荒くする男がいた。
 並べられた器は数年ぶりに個展を開く有名陶芸家の花村東光の作品だった。
 ずらりと並ぶその器の威光に男は、個展の責任者に抜擢されたことを誇りに思った。そして、係員に指示を出していると奥の扉が開いて今日の主役が姿を現した。


 がっちりとした体つきに、普段な着ないであろうダブルのスーツが似合っている。
 浅黒い肌に刻まれた皺にさえ、どこか男らしさと色気を感じて男は自分の顔が更に赤くなるのを感じていた。


「花村先生、本日はお忙しいところをありがとうございます。いよいよですね」


 ゆったりと立つ花村の姿は、会場近くを通りかかった人々の足を止めさせるほど目立っていた。


「あの、二年前の個展では荒々しい雰囲気の作品が多かったですけど、今回はまたガラリと違いますね」


 男は花村から何か言葉を引き出したくて、さも親しげに話しかけていた。


「特にあの奥にある作品は凄いですね」


 男が指差した先には、今回の出品作の中でも一際大きく美しいものだった。
 うっすらと青みを帯びた生地。立ち上がった滑らかな曲線とすっきりとした高台。成人男性の両腕に一抱えはある胴回りで高さもそこそこある。優美でありながら、どこか脆く儚げで、汚れを知らぬ青年のような佇まい。
 近寄れば意外なほど大きいのに、圧迫感を持たせないほど涼やかで美しい白色の壺だ。


「今回はこれに力を入れたからね」


 花村は作品に近づくと、節くれだった太い指先で表面を優しく撫でた。


「本当に凄いですね、こんな作品を生み出せるなんて。私にはこんな才能はありませんよ」
「才能なんて、自分にもないさ」


 花村は作品を見つめたまま小さく呟いた。男は驚いたように花村を見上げ、思わず大きな声で言葉を返していた。


「え、そんな…才能がないなんて謙遜しすぎですよ。どれほどの人間が今回の個展を待っていたか。ご存じでしょうに」
「いや、本当に才能なんてないんだがな。ただ、もし自分にあるとしたら…」


 花村は再び作品に近寄ると、両手で壺の括れた辺りを撫でながら言葉を続けた。


「それは運の良さだよ」


【fin】


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