白獣色窯変 7


 窯の横にうず高く積まれた薪を見上げ小太郎はひと息ついた。

 窯焚にどれほどの薪を消費するのかはっきりとわからないので、出来る限り隙間なくぎっしりと積み上げた。
 これくらいで大丈夫だろうと花村のいる方を振り返ると、いつの間に来たのかすぐ近くにいる花村に気がついた。

「ああ、花村さん。これくらいで充分ですかね」
「大丈夫だな。あとは窯の中に乾かした器を並べるから。とりあえず休憩しよう」

 首にかけていたタオルを取り去ると、一瞬爽やかな風が襟元をすり抜けて意外に汗をかいていた事実に気づいた。
 小太郎はさっさと作業場に戻る花村の後ろ姿を眺めながら、ゆっくりと後に付いていった。
 歩くたびに、汗で貼り付いたTシャツから逞しい背中の肩甲骨の動きがよく見えた。がっちりした肩から二の腕に盛り上がった筋肉は男臭さを感じさせ、小太郎は自分の両腕と見比べてがっくりと肩を落とした。

「今は休みなのか?」

作業場に戻り冷たい緑茶をひと口煽ると花村は唐突にそう尋ねてきた。
 ゴールデンウィークを過ぎた平日にこんな山奥へ来る奴など、どうかしているとでも言いたげな口調だ。

「休みです…というか、しばらく休みなんですよ。実は会社を辞めたばかりで」
「随分、中途半端な時期だな。リストラか?」
「はっきり言いますね。会社の経営がまずくて早期依願退社って奴ですよ。まあ、リストラと変わりないかもしれませんけど退職金を多く貰えましたしね。それに大学の先輩が経営している会社に拾われて7月から働くんです。それまではちょっとだけ早めの夏休みです」
「お前は運がいいんだな」

 花村は口の端を上げてニヤリとしながら小太郎の顔を覗き込んだ。
 黒目がちの大きな瞳に射ぬかれて、恥ずかしくなった小太郎は俯いて緑茶の入ったグラスを手のひらで弄んでいた。

「お前は本当に運がいい」

 花村はもう一度囁くように呟いた。
 その声に小太郎が顔をあげると、花村はゆっくりと目を細め何か考える素振りをした後、グラスをそのままに立ち上がり自室へ入って行った。残された小太郎は椅子に腰かけたまま、ぼんやりと辺りを伺っていた。

 何もかもが不思議だった。つい先日まで自分の生活に不安を抱えながら忙しく立ち回っていたというのに、今この瞬間は憧れの陶芸家の元でお茶を飲んでいる。しかも窯焚まで手伝えるというオマケ付きだ。
 人生とはなんと不可思議で予想のつかないものなんだろうか。小太郎は今一度手にしたグラスを持ち上げて中を覗き込んだ。薄緑色の水面に映り込んだ影がゆらり揺れて奇妙な心地がした。

 しばらくして戻ってきた花村に窯の中に器を並べるからと声をかけられ、小太郎はそれに従った。
 作業場の戸口を出たすぐ左手に器がずらりと並んでいた。大作はなく、どれも片手で持てるほどの大きさのものばかりだった。
 花村は乾き具合をひとつひとつ丁寧に確認すると、小太郎に窯の前まで運ぶように指示した。
 小太郎は木箱に幾つか器を並べると、そっと両腕で持ち上げ静かに運び始めた。


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