白獣色窯変 6


 鳥が高く囀ずる声が聴こえる。

 何という名の鳥だったか。森の梢の天辺で頻りに鳴く声が高く高く空に吸い込まれるように響き渡っている。
 鳥は自分の名前を知らないと言ったのは誰だったか、確かに人間が勝手に名前を与え区別しているだけで、鳥は自らが鳥と呼ばれていることすら知らないし知る必要もない。
 鳥は名前など関係ない場所で、鳥であるという枠組みからも自由に飛び立つ命そのものなのだ。

 透き通った空気と微かな物音の中、小太郎はゆっくりと目を覚ました。緑成す森の中で小さな鳥になった夢を見ていたような気がしていた。そして見慣れない天井を見上げて自分が今どこにいるのかに気がついた。
 花村はすでに起きているようで外から何やらカコンカコンと木を打つような音が聞こえてくる。
 布団からそろりと起き出して身支度を済ませると小太郎は音のする方へ足を運んだ。昨日痛めた足は幸いなことに腫れてはおらず、普通に歩く分には全く問題はなかった。
 作業場から外を伺うと、花村は積み上げた薪を次から次へと斧で割っているところだった。山特有の清みきった空気を胸いっぱいに吸い込むと小太郎は花村に声をかけた。

「おはようございます。お早いんですね」
「おはよう。良く眠れたようだな。足は痛まないか?」
「はい、お陰さまで。この通りです」

 小太郎はその場で軽く飛び跳ねてみせた。色素の薄い髪がサラサラと揺れて上り始めた朝日がそこに反射して光った。一瞬、花村は眩しそうに目を細めたが、次の瞬間には何事もなかったかのように薪割り作業に戻った。
 作業場のとなりにある台所に食事を用意してあると言われた小太郎は素直にそれに従い、その後は黙々と薪割りを続ける花村を見ながら積み上がった薪を麻紐で束にして窯のすぐ横に運ぶ作業に従事した。

「花村さん、今回の窯焚は何日やるんですか?」
「三日だな。ふたりきりでやるならそれが限度だろう。途中、誰かに来て貰う予定だが」
「でも珍しいですよね、5月に窯焚なんて。普通、寒い時にやりませんか?」
「そうとは決まっていない。今回は秋の個展に向けての習作を焼くからな」

 花村は動かし続けた両腕を静かに下ろすと、鈍く光を放つ斧を薪割り台の傍らに立て掛けた。その重厚でどっしりとした斧は黒味帯びて、まるで花村の浅黒い肌に似て見えた。
 秋に個展を開催すると聞いて小太郎は胸踊るような心地になった。数年に一度しか開かれない個展は花村信奉者たちにとって願ってもないことだ。どんなテーマでどんな作品が並ぶのか。例えそれが自分の予想を裏切るものだったとしても、花村の作品はその予想を遥かに上回る出来で見る者を凌駕してしまうのだ。
 二年前に開催された個展は、あまりに荒々しい作風で昔の野焼きを彷彿とさせるものだった。その前は細かな紋様がびっしりと描かれ美しい青釉が切なさを醸し出していた。
 今回は何を出して来るのだろう。小太郎は逸る胸を抑えつつ、額に光る汗を拭いながら再び斧を握る花村に視線を投げていた。


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