白獣色窯変 4
暫くすると花村は仕事に取りかかるからとその場を離れた。
身勝手に訪れた人間をもてなす暇などないのだ。
是非作業を見学させて欲しいと小太郎が申し出ると、吐き捨てるように「勝手にしろ」と返ってくる。
面倒くさそうな言葉ながら、そこには小太郎を毛嫌いするような響きはなかった。
決して広くはない作業場には焼成された陶器が幾つか並んでいた。
どれも専門誌やギャラリーではお目にかかったことのないものばかりで、小太郎は魅入られたように近づいて手を伸ばしていた。
「どれが好みだ?」
伸ばした指先がまさに陶器の肌に触れようとした瞬間、後ろから声をかけられた。
小太郎の躯がビクンと震える。
恐る恐る振り返れば、逞しい腕を晒した花村が大きな桶の中身を柄杓でかき混ぜているところだった。
「怒られるかと思いました」
「触ったくらいじゃ怒らん」
「勝手に触って壊したらどうするんですか?」
「どうもせん。壊れるならそれまでの物だったというだけだ」
あっさりした物言いをすると花村は丹念に桶の中をかき混ぜ続けた。
独特の艶を帯びた灰色の液体がテラテラと光っている。
素焼きされた器にかけられる釉薬は、混ぜるものによって色合いや質感に大きな違いを生ませる要になるものだ。
花村は白っぽい粉を数回に分けて混ぜると指先についたソレを舐めた。
厚めの唇から白い歯が覗き、長い舌が粉を舐めとっていく。
「それは植物の灰ですか?」
「灰だけじゃない」
「何で舐めるんですか?」
「味をみてる」
「味なんて関係ないんじゃ…」
そこまで言いかけて、小太郎は頭の端にあることを思い出した。
陶芸家は土を探す時に味見することがあるのだ。
良質な土には豊富なミネラルやカルシウムが含まれているので、甘味や苦味、酸味や塩味を感じるのだという。
それならば釉薬を口にしたっておかしくはないだろうと思い直した。
しばらく桶の中を覗き込んでいた花村は納得がいったのか、柄杓から手を離すと小太郎に向かって意外な話をし始めた。
「オマエは運がいい」
「え、運…って」
唐突な言葉に小太郎はたじろいだ。
いきなり訪ねて来たのに家に上がることが出来て怪我の手当てまでして貰った。作業見学を許可され、更には泊まれとまで言われた。
確かに運がいい。
それに花村は話に聞いていたほど気難しい人間ではないとさえ思い始めていた。
「2、3日中に窯焚(かまたき)をする予定だ。いつもなら近くの住人か陶芸の勉強をしたいとか言う若造に来て貰うんだが。オマエ、やりたくないか?」
「僕でいいんですか? 素人ですよ」
「やりたくないのか?」
日に焼けた浅黒い顔がニヤリと歪む。
戸惑いながらも本当は手伝いたい小太郎の気持ちを見透かすような顔つきだった。
こんな機会は二度とないだろう。あの花村東光の仕事を手伝えるなんて。
小太郎は沸き上がる興奮を抑えるように小さく頷いた。
自分は本当に運が良いんだと思っているのか、その両頬は紅く高揚していた。
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