白獣色窯変 2


 作業場に運び入れた土を腰の高さまである作業場台に移すと、おもむろに両手で全体をまとめあげ、手のひらを押し付けるようにして捏ね始める。

 腕はまっすぐのまま、手のひらは土につけたままで、腰から全体重を手のひらに乗せるように押し付け、戻し、押し付け、戻す。
 繰り返していくうちに、土はゆっくりと押されるままに左へ回り始め、押し付けた手のひらの窪みがまるで菊の花のような形になってくるのがわかる。

 これが【菊練り】と呼ばれる作業で、陶器作りの基本中の基本である。

 花村はまるで自分の命を押し込めるかのように、強く、そしてリズミカルに菊練りを進めていく。
 途中、あの乳鉢から少しだけ白い粉を手のひらにとると、また力強く、グイグイと土を練り込んでいく。
 額にはうっすらと汗が滲み、伸ばした腕の上腕部分には太く血管が浮き出ている。
 頭に巻いたタオルはじっとりと湿り帯びて、そこから何とも言えぬ男臭さが漂っていた。

 土を見下ろすギラリと光る瞳。
 うっすらと開く口元から吐かれる熱い吐息。
 力強い両腕。一定の動きを続ける背中と腰。
 ガツン、ガツン…と打ち込まれるソレは、命を注ぎ込む行為に良く似ていた。

 粗野な男。
 都会に住まう男が忘れた荒々しい野生を感じさせる節くれだった指先。
 伸ばしっぱなしの髭と癖の強い黒髪は、ある種の妖艶さを湛えている。

 たまに専門誌で組まれる花村作品特集でしかその姿を拝むことは叶わなかったが、年に数人、直接彼に会おうとして険しい山間に入っていく無謀な人間がいるらしい。
 その中には弟子入り志願者もいるらしいのだが、花村は悉くその申し入れを断っている。

「芸術なんぞクソ喰らえだ。私は火と水と土に命をかけて闘いを挑んでいるだけだ。綺麗なものを作りたい奴など、ここへは絶対に来るな。そんな奴は火に喰われて命を落とすぞ」

 いつぞや放送されたドキュメント番組で花村が吼えた言葉だ。

 しかし人間、「来るな」と言われれば行きたくなるもの。
 例えそこに地獄があったとしても、命が消えるその瞬間に暗い深淵を覗き込むのが人間の悲しい性だ。
 その悲しい性ゆえに、歴史は同じ過ちを繰り返し、いつまで経っても人間は救われる道を見つけること叶わず命を落としていく。

 憐れで滑稽な人間たち。
 綺麗で美しいものが好きな人間たち。
 力強いものに惹かれる人間たち。

 気高い野性動物のような男に人は一瞬怯えもするが、その作品の力強さの奥に繊細な優しさを感じ取り、暫し戦くのだ。
 心が震えるという体験を身を持って感じてしまう。

 花村の作品を愛する者たちは皆一様に口にする。

「命そのものに触れる心地がする」と。


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